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【雑記】「オトナアニメ Vol.20 -まど☆マギ総力特集号- 」:感想

雑記 その他アニメ・漫画

以下のTwilogのリンク先は、魔法少女まどか☆マギカ(以下『まど☆マギ』)第5話視聴終了時点(2月8日記述)でTwitterに投稿してTwilogにまとめた考察もどきの雑感です(2011/02/08のTwilog )。
最終話放映後、あらためて読み返してみましたが、それほど的を外していなかったのでやや安堵していますw。第1話のアバンの位置づけと杏子の人物像は、こちらの想像とは少し違っていたし、BAD ENDをどこかで期待していた部分もあったのですが(本当)、結果的にはそうはなりませんでした。むしろ嬉しい誤算であったというべきでしょうか。


その状況下で「オトナアニメ」の特集号を読みました。制作サイドの貴重な証言が多数あり、とりわけ脚本を手掛けた虚淵玄氏の言葉に目を惹かれます。以下は考察というより覚書として記事を抜粋したものです。


オトナアニメ Vol.20 -まど☆マギ総力特集号- 」を読んだ。

オトナアニメVol.20 (洋泉社MOOK)

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先に購入してあったが、最終話を視聴終了するまで封印しておいたものだ。
11-12話のネタばれを含むことを懸念してのものだったが、編集時点で放映延期が決定したため、10話までの総括記事となっている。先に読んでおいても支障のないものだった。気になった箇所を覚書として書き出しておきたい。

新房昭之監督へのインタビュー(抜粋)。

キャラクターが途中で死ぬような作品を作るのが段々つらくなってきている。ある程度演出をやってきた人が、生活ものに流れていく気持ちがよく分かるようになってきた。

インタビュアーの(ハード路線の一つの総決算としての『まど☆マギ』の後、もうこうした作品は作らない?)という質問に対して、

やりたくないとは言わないが、苦しくなってきているのは確か。

2期を匂わせる発言もある。

(今後の作品のアイデアは色々あるが)その前に『まど☆マギ」の第2期をやらなければいけないかもしれない。

脚本担当の虚淵玄氏へのインタビュー。

時間SFからの影響ではなく、物語構造的に「ループ」を描いた作品からの影響がある。

として、クリストファー・ノーラン監督の映画『メメント』への言及がある。

メメント [DVD]

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メメント』は前行性健忘症の(直前の10分間しか記憶を保てない)主人公に観客自身が同調するかのように、約10分刻みで時系列を遡り続け、ラストシーンは物語の出発点で終わるというトリッキーな構成の映画である。ただし『まど☆マギ』における時間ループを直接的に想起させるものではない。


ここで『メメント』が参照されるのは、ほむらによる時間の逆戻しによって生まれる別時間軸のまどか達の記憶の中に、前回の記憶が全く残っていない状況への類似性を指してのものだと推測するが、この記事だけでは詳細は分からない。


ちなみに『メメント』は私がクリストファー・ノーラン監督の名前を知るきっかけとなった作品で、その後、『バットマン・ビギンズ』『ダークナイト』『インセプション』と、大ヒット作を連発するヒットメーカーに大出世した。テリー・ギリアムデヴィッド・フィンチャーらと並んで、監督の名前で映画を見に行く内の一人である。


虚淵玄氏へのインタビューの続き。

ほむらの盾に見える武器は砂時計で、砂の流れを遮断することで時間の流れを止める。砂時計の上部分の砂が全部なくなった時点で引っくり返すと1ヵ月分の時間が戻る。それまでは止めることしか出来ない。つまり、砂時計の1ヵ月分の砂をやりくりする能力がほむらの特殊能力。

インタビュアーの(魔法少女達は、願いを叶えると意図と真逆に近い結果を引き起こしている)という感想に対しては、

願いごとを叶えることが自分の中ではそれほどポジティブなものではない。後で振り返って、自分が何を叶えたのかと考える方が前向きな発想ではないかと思う。目標を設定してそこに向かって進んでいくと、その目標以外のものを全て見失ったり、とりこぼしたりすると思う。
目標を持つこと自体は非常にポジティブだが、そのために今を見失うのも良くないのではないか。一線を越えた夢は呪いになってしまうのだと思う。脅迫観念という意味で。

現実に対抗する予防接種という意味で、「毒」の摂取元としてのフィクションは有効であり、そのことによって、現実に悪夢のような事態に直面したときのための免疫をある程度つけられると思う。だから、フィクションから「毒」を摘み取ろうという発想の方々の下で育った子供は将来悲惨だろうなと思う。

同誌(オトナアニメ Vol.20)には、劇団イヌカレーへのインタビューも掲載されているが、『さよなら絶望先生』のアニメ公式本でもそうだったように、およそ人を食ったような回答しか寄越さないので、ほとんど真意が掴めない。よって割愛。存在自体がギャグみたいな人達である。


ただし劇団イヌカレーのこれまでの仕事内容として、『獄・さよなら絶望先生』のOP、『懺・さよなら絶望先生』の第8話Cパート(本編を丸ごと手掛けている)、及び『まりあ†ほりっく』のEDについて言及がある(見開き2ページ)。


前にTwitterで書いたことの繰り返しになるが、MAD映像感覚でデチューニングされた『獄・さよなら絶望先生』のOPは本当に素晴らしい。私が初めて彼らの表現に衝撃を受け、その名を脳裏に刻み込むことになった決定打であり、これは立派なアートだと今でも信じている。

元の映像素材を縦横無尽にリミックスして生み出されたこのOPは、和風ヤン・シュヴァンクマイエルと言っても過言ではない猟奇的でパンクなエネルギーに満ち満ちている。また随所に筋肉少女帯へのオマージュが織り込まれている辺りにもニヤリとさせられる。


以上、「オトナアニメ Vol.20」の雑感を記事を抜粋しながら書いてきたが、7/9発売の次号では最終話を含めての総括記事が掲載されるようだ。


『まど☆マギ』完結までの間に3.11の大震災があった。それは事実上今も続いている。現実がフィクションを凌駕する事態に直面した時、クリエイターは何を思い、そこから何を生み出すことが出来るのか?次号において虚淵玄氏や新房監督の口から何らかの思いが語られるかもしれない。


(2011/04/28 記)