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【レポート】「氷菓×飛騨生きびな祭」(後編):生きびな巡行のご紹介!+α

レポート 氷菓 舞台探訪: 氷菓

氷菓×飛騨生きびな祭」レポートの後編です。今回は祭りの本題である「生きびな巡行」の様子をお伝えします。

前編の記事はこちらです。
【レポート】「氷菓×飛騨生きびな祭」(前編):佐藤聡美さん おにぎり実演会&トークショー


今年の第62回「飛騨生きびな祭」のポスターは、『氷菓』第22話をモチーフにしたもの。漫画版「氷菓」の作画を担当されているタスクオーナさんが描かれています。



そもそも「飛騨生きびな祭」とはどういう祭なのでしょうか?


飛騨一之宮観光協会のサイトを見ると、以下のような説明があります。
「飛騨地方の雛祭りは、旧暦の3月3日に近い、4月3日にお祝いします。飛騨一円より選ばれた未婚の女性9人が、お内裏様やお雛様、官女など、きらびやかな生きびな様に扮して行列を行います。行列後には、ひな様が身代わりに受けた穢れが神社で祓い清められ、一年の幸せを願います」(上掲のリンク先より引用)


また飛騨観光協会のサイトではこのように説明されています。
「飛騨生きびな祭は、高山市一之宮神社で開かれます。飛騨地方では1カ月遅いこの日がひな祭り。生きびな祭は、養蚕や農業の繁栄と女性の幸福を祈念し、1952年に始まったそうです。飛騨一円より選ばれた未婚の女性9人が内裏や后、官女などきらびやかな生きびな様に扮し、行列を行います」(上掲のリンク先より引用)


「生きびな」とはつまり、雛人形に扮した9名の未婚女性が平安装束に身を包んで神社周辺を練り歩くというものです。お内裏様の男雛も、左大臣や右大臣もすべて女性が扮します。そして、ひとしきり巡行を終えた後は、「氷菓」第22話の劇中にもあったように神社に戻って穢れを祓い清めます。

(左)『氷菓』第22話で描写された生きびな巡行  (右)巡行の後、本殿で穢れを払い落とす


雛祭りの起源は諸説あるようですが、その歴史は古く、平安時代の中期にまで遡ります。こちらのサイトに要約された分かりやすい説明がありますので、少し長くなりますが一部引用させて頂きます。


「その頃の人々は、三月の初めの巳の日に、上巳(じょうし、じょうみ)の節句といって、無病息災を願う祓いの行事をしていました。陰陽師(おんみょうじ・占い師のこと)を呼んで天地の神に祈り、季節の食物を供え、また人形(ひとがた)に自分の災厄を托して海や川に流すのです。


また、その頃、上流の少女たちの間では“ひいな遊び”というものが行われていました。ひいなとはお人形のことです。紙などで作った人形と、御殿や、身の回りの道具をまねた玩具で遊ぶもので、いまの“ままごと遊び”でしょう。このことは紫式部の『源氏物語』や、清少納言の『枕草子』にも見られます。
長い月日の間に、こうした行事と遊びが重なり合って、現在のようなひな祭りとなりました。


上巳の節句が三月三日に定まったのは、わが国では室町時代(約600年前)頃のことと思われます。しかし、この頃から安土・桃山時代にかけては、まだひな人形を飾って遊ぶ今のひな祭りとはかけはなれた、祓いの行事の日でした」(上掲のリンク先より引用)


つまり、こんにちの雛祭りは、穢れを祓う年中行事としての習俗と少女の人形遊びとが混淆したものであって、本来的には祭祀的な側面の強いものであったようです。してみると、生きた女性が自ら雛人形となって人々の穢れを一身に背負う"身代わり"となった後、神の御前で穢れを祓い落とすという飛騨一宮水無神社の「飛騨生きびな祭」は、古来の雛祭りの様式を今に伝える習わしと言えるでしょう。一方で、このお祭りが戦後の1952年(昭和27年)に始まった比較的新しいものであるという点は注目に値します。今回は「飛騨生きびな祭」発祥の由来などは調べることが出来ませんでしたが、次回、高山を訪問する折りには是非図書館の郷土資料などに当たってみたいと思います*1


能書きはここまでにして、早速写真の紹介を始めます。


●巡行のルート
当日は雨天のため、生きびなは本殿の回廊を巡ることになりました。聞けば昨年も天候不順のため、回廊での巡行だったそうです。晴れの日であれば参集殿前を出発後、周辺をぐるりと時計回りに周回して神社まで戻ってくるというのが本来の巡行ルートです。

本来の巡行ルート。

第22話に登場した地図。物語に合わせて川沿いの巡行となっています。実際の飛騨一之宮の地形とはかなり違います。


●参集殿前
ここが本来の出発地点である参集殿前。右が第22話に登場したシーンです。

今回は生憎の天候で、劇中のようにこの前で生きびなが勢揃いする様子を見ることは出来ませんでしたが、掲げられた看板の芸の細かさが光ります。

(左)参集殿に掲げられた看板。この文字は・・・
(右)第22話より。これをそっくり模写したものだそうです。

晴れた日であれば出発時はこのような様子だったのでしょう。


第22話に登場した「生きびな祭」も62回目で開催日も4/3(水)でした。まさに今日この日を想定して描かれたものです。そう考えると、今回の「氷菓×飛騨生きびな祭」のコラボレーションがいかに特別なものであったかが分かります。まさに無情の雨です。


●生きびな巡行
※注)以下、当記事の写真掲載については、生きびなの9名の方々についてはステージで自己紹介があったこと、各種メディアで報道されたこと、また一般の観覧者向けの写真撮影会まであったことから、モザイク処理はせずそのままで掲載します。ただしその周辺に写っている方々については、従来通り、個人を特定できないように配慮いたします。


普段は立ち入ることの出来ない本殿の境内も、この日は立錐の余地のないほど観覧者で一杯です。

先導は赤鬼青鬼。劇中にも描かれています。

お囃子を奏でる楽人。

可愛らしいお稚児さんの行列が続きます。


続いて左大臣・右大臣。


五人官女。


内裏雛の男雛(親王)です。第22話では入須先輩が扮しました。リアルのお内裏様も大変綺麗な方でした。


そして女雛(親王妃)です。第22話ではえるが扮しました。お付きの者が後ろに寄り添って裾を持ち上げてしずしずと歩きます。


劇中では奉太郎がえる(=親王妃)に傘を差し掛ける役目でしたが、実際には男雛(親王)に差し掛けるものなのだそうです*2もっとも今回は屋外巡行ではなかったため、そもそも傘持ちの出番はありませんでした。残念!

本殿の回廊の終点まで行って折り返してきたところです。



巡行は回廊を計3往復しました。


巡行が終って、生きびなは本殿の中に集まります。これから穢れを払い清める儀式を執り行います。

本殿の中の様子を興味深げに眺める観覧者の皆さん。


●生きびな自己紹介~餅まき
生きびなの巡行が終わるや否や、今度は特設ステージで佐藤聡美さんのトークショーが始まるため、本殿の境内にいた観覧者は一斉にぞろぞろと移動を開始します。そのトークショーの後、再び生きびなの皆さんが姿を見せました。


飛騨地方一円から選ばれた今年の9人の生きびな一人一人の自己紹介と表彰式が行われます。





続いて恒例の餅まきです。



私もおこぼれを頂戴しました。ありがたい福をいただけますように。


●写真撮影会
本殿が再び開放され、最後に一般観覧者向けの記念撮影が行われました。

これをもって、第62回「飛騨生きびな祭」の行事はすべて終了です。お疲れさまでした!


当日は地元のマスコミがたくさん取材に来ていました。その中から岐阜新聞のWeb記事をご紹介いたします。


岐阜新聞
しっとり時代絵巻 飛騨生きびな祭(2013/4/4)


また、今年が2年連続の屋内巡行だったことは先に述べましたが、2年前(2011年4月3日)の屋外巡行の様子を撮影した動画がありましたので、こちらもご紹介しておきます。これを見れば、生きびなの歩く順番やお囃子の音色、或いは従者が傘を差し掛けるのは男雛であることなどが具体的にお分かり頂けるはずです。奇しくも第60回目という節目に当たる年でした。
動画:第60回 飛騨生きびな祭の巡行の様子


●おまけ画像
ではここで、本編の中では触れられなかった"祭には直接関係のない"おまけの画像を幾つかご紹介します。


・『氷菓』第12話の舞台探訪。
私の書いた『氷菓』の舞台探訪記事の中で、飛騨一宮水無神社の取材については既にこちらにアップしていますが、本殿内の敷地は普段は立ち入れないため、前回の取材時には撮影できずに泣く泣く諦めたカットが幾つかありました(記事掲載時には写真をお借りしました)。それがこのたび、ようやく自力で回収できましたので、その写真を掲載しておきます。舞台探訪記事の方も追って追加いたします。


氷菓ラッピングバス
現在、濃飛バスとのタイアップで「氷菓」のラッピングバスが「まちなみバス左回り線」で運行中です。「生きびな祭」の取材当日の早朝、JR高山駅横の高山濃飛バスセンターで偶然遭遇しました。

バスセンターにも「飛騨生きびな祭」のポスターが貼ってありました。

左右両サイドで絵が異なります。

やって来ました。

「わたし、飛騨高山が気になります!」

こちらは右サイドです。


運行期間は、平成25年3月30日から約6ヶ月(9月末日)の予定とのこと。ただし運行期間が短くなる場合もあるようなので、詳細は、
TVアニメ「氷菓」オフィシャルサイト
濃飛バス
等でご確認下さい。


・「喫茶去かつて」が「喫茶一二三」に変身!
愚者のエンドロール』編の第10・11話に登場する「喫茶一二三」のモデルは、上三之町の古い街並みの中にある「喫茶去かつて」さんです(→こちらの記事を参照)。


当該記事の最後で触れている通り、2012年10月に「神山高校文化祭」と称した氷菓オンリーイベントが開催された際、「喫茶去かつて」さんは表の看板を劇中に合わせて「喫茶一二三」に変更するというサプライズ演出をされました。この粋な試みはそれっきりだと思っていたのですが、なんと今回の「生きびな祭」の開催に合わせて期間限定で復活されました!(4/2と4/3の2日間のみだったようです)。


運良く祭りの後に駆けつけて撮影できましたので、そちらの写真を掲載しておきます。


元の看板の上に被せるような形状になっているようです。



最後に・・・。

今年の飛騨生きびな祭は『氷菓』とのコラボレーションという初の試みで、実現に向けての準備期間も含めると関係者の皆様には本当に長い間のご苦労があったこととお察し致します。佐藤聡美さんを招いてのイベントもトラブルが起こるようなことなく、最後の最後まで楽しく素晴らしいひとときを過ごさせて頂きました。
これもひとえに『高山「氷菓」応援委員会』、ならびに各関係者の皆様のご尽力の賜物と感謝しております。本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!


(2013/4/7 記)

*1:先述した通り、生きびなの女性は9人います。しかしその役割に相当する雛人形は、内裏雛(男雛・女雛)、右大臣・左大臣、三人官女ですから計7人のはず。しかし「飛騨生きびな祭」では三人官女に2人追加した五人官女にした上で計9名としています。

*2:本稿の最後に2年前の屋外での巡行の映像をリンクしておきましたので、そちらで確認できます。