新海誠監督の映画『言の葉の庭』の舞台探訪の記事、第二章です。
今回は六月の後半です。
→前章までの記事はこちらです。
・【舞台探訪】『言の葉の庭~六月其の一(1/4)
■舞台探訪 [六月其の二]
※各シーンの場所情報はGoogle Mapにまとめてあります。各々の場所を確認されたい方は、当記事末尾に掲載しているMapを拡大してご覧下さい。
※各シーンの時刻はBlu-ray/DVDの再生時間です。再生プレイヤーによって若干のズレがあるかもしれません。
「その日が、関東の梅雨入りだった」
(『言の葉の庭』)
10:18 Scene28:JR新宿駅
Map02
JR新宿駅13番線ホームから乗車した千葉方面へ向かう中央・総武線の最後尾車両のフロントガラス越しに撮影したものです。
隣の12番線に中央快速高尾行きが停車中で、かつ乗り込んだ中央・総武線の最後尾に人が立っていないという条件はなかなか難しく、また準備態勢が整っても肝心の撮影タイミングを逃したりと、思った以上に難航しました。このカットを撮るまでに新宿~代々木駅間を6往復くらいしました。
10:20 Scene29:路上遠景(松屋前)
Map19
※画像をクリックして、拡大してご覧になってください。
カットには「松」「扇」などの看板の文字が見られます。特徴的な街燈があり、やや俯瞰気味のアングルで撮られています。恐らくJR新宿駅の周辺だろうという推論に基づき、この界隈にある「松屋」の各店を当たってみたところ、すぐに「松屋新宿南口店」の前辺りの風景だと分かりました。そうです。Scene20の旧新宿国際劇場前の場所です。
Scene20の記事で触れた「温野菜」と書かれた窓のあるビルの1Fが「松屋新宿南口店」。「扇」の文字は「扇寿司」です。撮影ポイントは100mほど南の甲州街道跨線橋の上からです(やや望遠気味です)。
10:21 Scene30:JR新宿駅階段
Map20
Scene03でタカオがNTTドコモタワーを見上げていた13番線ホーム7号車乗降口の少し北側にある階段です。案内標識と階段の向きとが一致するのはここだけです。人が通らないタイミングでの撮影は大変でした。
10:23 Scene31:新宿御苑 ユキノの通り道
Map21
カットに描かれている手前の樹木は実際にはありません。遠近感を強調するために描き込まれたのでしょう。
10:26 Scene32:新宿御苑 タカオの通り道(?)
Map22
実際にこの場所であるという確証はありません。イメージ的に近い場所ということで、あくまで参考程度であることをご理解ください。
樹に掛けられたプレートには「染井吉野」と書かれています。
10:53 Scene33:タカオのバイト先
Map23
ここは千駄ヶ谷鳩森八幡神社そばにある上海料理店「猪八戒」千駄ヶ谷店の前です(西向き)。逆光が強く細部まで合わせられませんでした。無念。
「猪八戒」千駄ヶ谷店の店頭。タカオの働く飲食店はこの場所という設定になっていますが・・・
店員の方の許可を得て、お客さんのいないタイミングを見計らって一枚だけ撮影させていただきました。物語の中盤で登場するこちらの店内カット(↓)を見れば一目瞭然ですが、店の内装は全く違います。描かれているのは、もっと大衆的な中華料理屋のイメージがありますね。例えば○将とか。
「猪八戒」さんは中国出身の料理人が腕を振るう本格的な上海料理専門店でレパートリーも豊富です。上のカットでタカオが客にお勧めメニューとして紹介していた「鶏肉のカシューナッツ炒め」が実際にありましたので、それを頂きました。辛味が効いていて大変美味しかったです。
「猪八戒」千駄ヶ谷店
定休日:無休
営業時間:11:30~14:30、17:30~23:00
11:20 Scene34:藤棚遠景1
Map24
画面左側の枝振りなどはほぼそのまま忠実に描かれていますが、覆いかぶさるような右側の枝葉は大胆に省略し、その分、池の向こうの森の辺りまで水面を描くことで画面に奥行きを持たせています。
藤棚の下でタカオは傘を閉じていますが、ユキノは傘を差したままです。その意味するところについては、DVD/Blu-ray付録のブックレット内で新海監督が<パーソナルスペースとしての傘>という言葉で語っていらっしゃいます。"傘"は"それぞれの個人の世界"を表すものであり、他者との距離感を象徴するものです。故に藤棚という二人を覆う共通の"傘"の下にいながら、傘を閉じるタカオと差したままのユキノという構図は、この時点での二人の微妙な心理的な距離を浮き彫りにしている訳ですが、それは終盤(Scene85辺り)で共に雨に濡れる場面との対比的な構図でもある訳です。
「・・・朝、目を開く瞬間、気がつけば、雨を祈っている」
(『言の葉の庭』)
12:24 Scene35:JR山手線から1
Map25
12:25 Scene36:JR山手線から2
Map25
12:27 Scene37:JR山手線から3
Map25
Scene35~37までは、JR山手線を新宿駅→新大久保駅へ向かう途中、進行方向右側(東)に見える風景です。一瞬で通り過ぎるので撮影はかなり困難です。結局、新宿駅~新大久保駅間を10往復くらいして撮影しました。
12:42 Scene38:池越しの高層ビル群
Map26
池のほとりをタカオとユキノが連れ添って歩く姿が見えます。
「まるで世界の秘密そのものみたいに、彼女は見える」
(「言の葉の庭」より)
13:07 Scene39:JR千駄ヶ谷駅 横断歩道
Map27
空撮はできないので、ここは横断歩道周辺の風景を数枚掲載しておきます。
電話ボックスは実在します。
13:11 Scene40:JR千駄ヶ谷駅ホーム
Map28
左側中央2枚の看板は今も掛け代えられることなく掲示されていました。
アップで撮っておきました。このような看板です。
13:17 Scene41:JR千駄ヶ谷駅ホーム
Map28
総武線の黄色に被る赤い模様は「チーバくん」の体の一部です。
13:21 Scene42:JR千駄ヶ谷駅ホーム
Map28
残念ながらこの写真は、左右のバランスをミスってますね・・・。
13:37 Scene43:JR千駄ヶ谷駅ホーム
Map28
ユキノの背後の時刻表は実際のものを完璧に再現しています。
JR千駄ヶ谷駅の島状のホームには新宿方面行きと千葉方面行きとが相互に行き交い、通勤通学の乗客の多い朝の時間帯は2分置き程度の間隔でひっきりなしに電車がやって来ます。「まもなく*番線に各駅停車**行きが参ります。危険ですので白線の内側にお下がりください」と、アナウンスは一向に止むことがありません。ユキノはホームに立ち尽くしたまま、毎日ずっとこの喧騒に曝されていたことになります。何かに急きたてられるようなこのアナウンスを彼女はいったいどういう思いで聞いていたのでしょうか。そのどれにも乗りこむことの出来ない彼女は、やがてあきらめて駅を降り、ひとり新宿御苑に向かって歩いていきます。
14:19 Scene47:旧御涼亭からの眺望
Map29
このカットは、東屋から南東の方角にある旧御涼亭*1からの風景です。カットの左端に小さく東屋が見えます。
このカットと私の撮った写真とを見比べてみてください。何かおかしいとは思いませんか?そうです。写真の方には東屋が存在しません。もっと正確に言うと、旧御涼亭の中から東屋を見ることは現実には不可能なのです。もう少し詳しく説明します。
Scene47のカットは下の写真の赤の囲いの位置からこちらを向いて撮影されたものです。
このまま180°真後ろを振り返ると…
このような風景が開けます。しかし肝心の東屋は遙か左奥にあって、旧御涼亭の窓からはどう頑張ってもその建屋を見ることはできません。つまりScene46は、現実には視界に存在するはずのない東屋を意図的に描き込んだものであって、そこには遠くから東屋を眺望する視点を持ち込もうという演出意図が窺えます。
このインサートカットは、「タカオの靴のスケッチを巡る会話」と「朝食の弁当を巡る会話」との間の時間の経過を表すと同時に、東屋にいる二人がまるで世界から隔絶された秘密めいた場所にいるような印象を与えます。広大な新宿御苑が今は二人だけに用意された特別な空間であるかのような・・・。
この作品の中では、雨の日の新宿御苑=二人の逢瀬の時、ユキノとタカオ以外の人物は一切描かれていません。その点には注意が必要です。それはタカオがユキノに抱く「この世界の秘密そのものに見える」という印象を象徴的に表しており、また雨の日の新宿御苑が神秘的で静寂に満ちた"二人だけの聖域"として位置づけられていることを物語っています。一方で梅雨が明けてからの晴れた日の描写では、「晴れの日のここは知らない場所みたい」というユキノの台詞の通り、広場には家族連れが集い、東屋にはカップルが訪れ、雑多な日常の延長としての場に姿を変えます。晴れた日の新宿御苑はタカオがここに来る口実を失った場所であり、それ故にユキノとタカオの聖域ではあってはならない訳です。
15:31 Scene49:タカオの夢のシーン
Map41
このベンチは、千駄ヶ谷門から入って右側の桜園地の一番東側にあります。この周辺には他にもベンチは幾つかありますが、劇中に描かれているように公園の土の上に石組みをして設置しているのはここしかありません。手前の大木とベンチの向こうに描かれた樹木の枝振りも完全に一致します。
またこの直前に描かれている家族の様子を横から描いたシーンは、似たような風景なら周辺に幾らでもあるので、今回はこのベンチに座った時に目の前に広がる風景を撮っておくことにしました。なんとなく枝振りも似たような感じですね。
15:56 Scene50:東屋
Map15
ユキノが手にしている本は『額田女王』(井上靖:新潮文庫)です。Scene53では書棚に置かれているのを確認できます。
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「・・・ねぇ、わたし、まだ大丈夫かな」
(『言の葉の庭』)
16:33 Scene53:ユキノの書棚
(不明)
画面左から右に列挙します。辞書や専門書以外で入手が容易なものはamazonへのリンク先を明記しておきました。
・『万葉集 四』
・『ピラミッド帽子よ、さようなら』(乙骨淑子:理論社)
→新海誠監督の前作『星を追う子ども』に着想を与え、制作のきっかけになった本とのことです。
【送料無料】 ピラミッド帽子よ、さようなら 復刻版理論社の大長編シリーズ / 乙骨淑子 【全集・双書】
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→『星の王子さま』(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ)の原書
・『航路(上・下)』(コニー・ウィリス)
→SF作品。新海監督のインタビューによれば「ユキノさんもたまにはこういうのを読んでみては、と貸してもらったのでは」とのこと。最近、早川書房から文庫本が出ました。
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・『日英擬音・擬態語活用辞典』
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・『万葉集の風景を訪ねて』
・『SONGS OF LIFE―Contemporary Remix "万葉集"』(光村推古書院)
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手前平積み(上から)
・『額田女王』(井上靖:新潮文庫)
→Scene50で紹介済み。
・『一弦の琴』(宮尾登美子:講談社文庫)
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17:02 Scene54:バス内
(不明)
バスの車両内は気になりますが、その何倍も外の風景の方が・・・。
17:21 Scene55:伊藤先生のマンション
(不明)
Blu-ray特典の新海監督のオーディオ・コメンタリーによれば、伊藤先生の部屋の中に見えるシルエット姿の女性(私にはキッチンで調理しているように見えます)は、ユキノと別れた後に付き合っている女性という設定だそうで、どうやら伊藤先生は独身のようです。私はこの場面を見て伊藤先生は所帯持ちであり、故にユキノとは不倫関係にあったのだと思い込んでいましたが、そうではありませんでした。ただ新海監督自身は、そういった解釈があっても良いといった見解を述べていらっしゃいます。
「あれ以来、わたし、ウソばっかりだ・・・」
(『言の葉の庭』)
→次章、「七月、八月(3/4)」に続きます。
当記事に掲載した『言の葉の庭』の画像および台詞は、著作権法第32条に定める研究その他の目的として行われる引用であり、著作権は全て、新海クリエイティブ/コミックス・ウェーブ・フィルムに帰属します。
MAP
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(2013/9/24 記)
*1:皇太子(後の昭和天皇)御成婚記念として台湾在住邦人の有志から贈られたものだそうです。詳細はこちらを参照してください→http://www.ee-tokyo.com/kenzoubutsu/shinjyuku-gyoen/taiwankaku.html