【小論】映画『たまこラブストーリー』で「星とピエロ」店内に登場するレコード・ジャケットのご紹介+α

映画『たまこラブストーリー』では、「星とピエロ」の店内にTVシリーズにはなかった実在するLPレコードが数多く並べられています。これまで映画を鑑賞して気付くごとにTwitterで情報発信してきましたが、情報が散逸する一方なのでここにまとめておくことにします。勿論、これらはスクリーンに投影されたそのわずかな一瞬の記憶から特定できたものだけであって、筆者の知識不足からジャケットの絵を見ても分からないもの、そもそもいまだ視認できていないものについては(当然のことですが)入っていません。もし何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただければ幸甚です。


Blu-ray発売後は描かれている全アルバムの特定も可能と思います(相当の努力は必要でしょう)が、筆者としては自分のよく知っているアルバムを劇場のスクリーンで視認できることに悦びを感じるので、自分の知らないアルバムを特定することにあまり興味はありません。従いまして本稿はコンプリートを目指すという趣旨のものではありませんので、その点のみあらかじめご容赦ください。


今のところ計14枚のアルバムを確認できましたが、見事に英国産オンリーで統一されています(→英国以外の物件が発見されたので、この法則性は崩れました)。この徹底的なこだわりと各アルバムのチョイスは山田尚子監督ご自身の手によるものなのでしょうか?


【更新履歴】
2014/08/10:Public Places / Fools Faceを追加しました。
2014/08/10:Jingles / Advertisingを追加しました。
2014/06/14:Jazzateers / Jazzateersを追加しました。
2014/06/14:My Aim Is True / Elvis Costelloのジャケットを差し替えました。
2014/06/01:Bandwagonesque / Teenage Fanclubを追加しました。
2014/05/20:Falling and Laughing / Orange Juiceを追加しました。
2014/05/18:Fabulous Poodles / Fabulous Poodlesを追加しました。
2014/04/29:記事作成


■たまこ店内シーン


Jazzateers
Jazzateers /Jazzateers(1983)
→「星とピエロ」に入店したたまこが、いつもの定位置の席に着く直前のカットです。レコード棚の下から二段目左側に一瞬映ります。

http://www.jazzateers.com/
http://en.wikipedia.org/wiki/Jazzateers
※恥ずかしながらこのアルバムはご教示いただくまで全く知りませんでした。もっと正確に言うとバンドの存在すら知りませんでした。グラスゴー出身の彼らの活動暦は1980~1983年と1985~1986年のごく僅かの期間です。英国インディーの名門Rough Tradeからもアルバムを出していたようです。YouTubeで彼らの音を何曲か聴くことが出来ますので、ご興味のある方はぜひどうぞ。ギター・オリエンテッドなノイジーなサウンドも粘っこいヴォーカルも見事に80年代前半の英国インディー・バンドの"あの音"でした。


Fools Face
Public Places / Fools Face(1983)
→上述のJazzateersの置かれている同じレコード棚の一番下の段の右側に置かれています。

https://www.facebook.com/pages/Fools-Face/111051067395
http://www.stlmusicyesterdays.com/Fools%20Face.htm
※このアルバムも情報提供で教えていただいたものですが、少し調べてみると彼らは米国のバンドでした。英国オンリーで統一していると思いきや、そうではないことがこれで明らかになりました。


ヴァセリンズ
All the Stuff & More / The Vaselines(2003)
→正面を向いたたまこの右側

All the Stuff & More

All the Stuff & More


Cherry Redコンピ盤
V.A. (FANTASTIC SOMETHING, SUEDE CROCODILES, WILD FLOWERS) / SEEDS I : POP(1987)
→正面を向いたたまこの左側

http://www.ticro.com/search/detail.php?id=V00006056
※英国のインディーレーベルCherry Redのコンピ盤の一枚。アナログ・オンリーなので、このアルバムをチョイスしてきた人はかなりの英国音楽通だと思います。花はマーガレットのようです。マーガレットと言えば、映画の中では映研部室内に飾られたパネル、またTVシリーズではED映像との繋がりを想起させます(ED映像の花がマーガレットであることは、Blu-ray第2巻ブックレットの山田監督の発言「たまこへの思いをマーガレットにのせて・・・」からも明らかです)。


オレンジ・ジュース
Falling and Laughing / Orange Juice(7" vinyl single)(1980)
→たまこの左側。Cherry Redのコンピ盤の左に並んでいます。

http://en.wikipedia.org/wiki/Falling_and_Laughing
※劇中で最も目立っている重要な1枚です。実はこれは7インチのシングル盤なので、映画で描かれているようなLPサイズではありません。劇中では拡大されて描かれています。


オレンジ・ジュースは同じPostcard Records出身のアズテック・カメラやペイル・ファウンテンズらと並ぶ、日本で言う「ネオアコ*1」の代表的なバンドです*2。同曲は名盤1stアルバムの1曲目に収録されていますが、オリジナルの7インチ盤シングルのジャケットがあの絵だとは教えていただくまでまったく知りませんでした*3


しかも先のWikipediaによると、"The first 1000 copies came with a free flexi-disc"とあり、どうやら最初の1000部プレス限定でソノシートが添付されていたらしく、80年代前半には西新宿辺りの輸入盤屋で鬼のプレミア価格がついていた様子です。こちらの記事には、「シングル盤『FALLING AND LAUGHING '80(POSTCARD 80-1)』が非売品として仰々しく飾られていた。すぐに私の友達が頼み込んで10万円で売ってもらっていた」と恐ろしいことがサラリと書かれています。本日時点で海外のオークションサイトを覗いてみると、最低でも日本円で4~5万円程度の値段で落札されているので、今もってプレミア価格を維持しているようです。なおこちらのサイトではソノシート付きのオリジナル盤の写真と貴重な音源を試聴することができますのでご参考までに。


さてここで謎が深まります。一体誰がこんなレア盤のジャケットを劇中に描くことを思いついたのか?オレンジ・ジュースのレア盤に限らず映画に登場しているアルバム全体にいえることですが、もし山田尚子監督自身のチョイスだとすれば、マニア度のレベルは半端なものではなく、それはもう空恐ろしいほどです。


エルヴィス・コステロ
My Aim Is True / Elvis Costello(1977)
→引きの画面。中央一番上。足しか見えません。というか足だけで分かりました。

マイ・エイム・イズ・トゥルー

マイ・エイム・イズ・トゥルー


トム・ロビンソン・バンド
Power in the Darkness / Tom Robinson Band(1978)
→同じく引きの場面。画面右端。色合いは白地に変更されています。

Power in the Darkness (CCCD) [Bonus Tracks]

Power in the Darkness (CCCD) [Bonus Tracks]


Advertising
Jingles / Advertising(1978)
→これは非常に分かりづらい物件です。難易度S級クラスと言って良いでしょう。このアルバムはとある方から情報提供いただいたものですが、アルバム名と「星とピエロ」の店内に置かれている場所まで正確に教えていただいておりながら、その後、該当箇所を劇場で見ても私の目では確認できず、3回目にしてようやく把握できた難物です。

※アルバムが置かれている場所は、上述したトム・ロビンソン・バンドの左、オレンジ・ジュースの上です。なぜ分かりづらいかと言うと、オリジナルのジャケット写真はこのように4名横並びとなっていますが、この左右の端にいる2人が劇中のアルバム・ジャケットからは消されている(ようにしか見えない)からです。手掛かりは中央の2人の姿勢と、バンド名とタイトルのロゴだけです。


このアルバムは英国パワー・ポップの職人トット・テイラー(Tot Taylor)が率いたバンドAdvertisingの唯一のアルバムです。ソロになってからのトット・テイラーの活動は何枚かのアルバムを通じて知っていましたが、私自身、このバンドのこともアルバムの存在も恥ずかしながら知りませんでした。これはもう発見された方が凄いとしか言いようがありません。脱帽です。あらためて御礼申し上げます。


スクイーズ
Cool for Cats / SQUEEZE(1979)
→画面中央あたり。

Cool for Cats

Cool for Cats


パルプ
This Is Hardcore / Pulp(1998)
→スクイーズのすぐ下にあります。

This Is Hardcore + Like a Friend

This Is Hardcore + Like a Friend


ファビュラス・プードルズ
Fabulous Poodles / Fabulous Poodles(1977)
→たまこの背中の辺り。

http://en.wikipedia.org/wiki/Fabulous_Poodles


ティーンエイジ・ファンクラブ
Bandwagonesque / Teenage Fanclub(1991)
→たまこの「牛乳ー」の台詞の後、背景のレコード棚をカメラが上にパンする瞬間、一番下の段の左端に映っています。

Bandwagonesque

Bandwagonesque

グラスゴー出身のギター・ポップバンド、ティーンエイジ・ファンクラブの最高傑作との呼び声も高い2ndアルバム。劇中に描かれたこれは非常に分かりにくいものです。と言うのも、ジャケットの右端の3分の1くらいしか映っておらず、視認できるのはせいぜいピンク地の上の黄色い袋の端っこと、その上の黒い文字の一部だけだからです(しかもピントがボケている)。更に黒い文字はジャケットのような「$」ではなく、ただの固まりにしか見えないため、私も今回この情報をいただくまで全く気づきませんでした(昔よく聴いたアルバムなのに)。

※↑こんな風に見えています。
その後、2回劇場で確認してきましたが、元の映像が不明瞭なため100%断定するには至っていません。しかし(個人的な直感で)95%間違いないとの判断から掲載することにいたしました。


■もち蔵店内シーン
ピンク・フロイド
Atom Heart Mother(原子心母) / Pink Froyd(1970)
→正面を向いたもち蔵の顔の右側

原子心母  <FOREVER YOUNG CAMPAIGN 2015>対象商品

原子心母 対象商品


ポール・マッカートニーウィングス
Venus & Mars / Paul Mccartney & Wings(1975)
→同じくもち蔵の顔の左側。ほとんど被さっているので分かりにくいです。

Venus And Mars

Venus And Mars


■ご参考
以下、TVシリーズ『たまこまーけっと』に関連する過去の記事で「星とピエロ」の店内に登場したLPレコードを紹介したものがありますので、それを再構成して転載します。元の記事はこちら→【舞台探訪】『たまこまーけっと』:第2話 ~「星とピエロ」のマスターは渋谷系? ですが、リンク先を紹介するのではなく音楽関連の内容をこちらにまとめ直しておくことにします。若干言葉の修正をしたくらいで、基本的には元のブログの記事と同じ文章・写真・リンク先です。


「星とピエロ」店内にあるLPレコード
レコード&喫茶「星とピエロ」の店内にずらりと並べられたアナログLPレコードの数々。これらの内の幾つかは実在するものです。第2話までで分かる範囲を整理してみました。


まず第1話でたまことデラが入店した時にマスターが手にしていたLPのジャケット。

これは米国のソウル・ファンクの大御所Isley Brothers(アイズレー・ブラザーズ*4の1973年のアルバム"Brother, Brother, Brother"です。

ブラザー・ブラザー・ブラザー(紙ジャケット仕様)

ブラザー・ブラザー・ブラザー(紙ジャケット仕様)

面白いのは第2話でみどりとデラが入店する場面は、第1話を反復するかのように全く同じカットが続き、マスターの立ち位置も視線の方向も手に持っているLP盤も同じなのですが、ジャケットの色が変わっています。これには何か意味があるのでしょうか?


第1話:レコードジャケットは緑色なのが・・・

第2話:レコードジャケットは濃い紫色に変わっている

ちなみに両話とも絵コンテは山田尚子監督自身の手によるものです。同じ場面を反復させつつ、そこに質的な差異を織り込むという演出は『けいおん!』にも見られた手法でしたが、『たまこまーけっと』でもやはり健在でした。


次に第2話でマスターがみどりのためにかけたレコードです。

この曲自体は、劇中曲としてマニュアル・オブ・エラーズの皆さんによって作られた"新曲"ですが、実はジャケットのデザインは元ネタがあります。フランスで1960年代半ばに活躍したFrance Gallフランス・ギャル)のベストアルバムのジャケットです。彼女の名前を知らなくとも日本でも大ヒットした『夢見るシャンソン人形』はご存知の方も多いでしょう。

Poupee de son

Poupee de son

更に第2話の以下のカットでみどりの背後に描かれたレコードについて説明します(個々のアルバムの解説は割愛させて頂きます。長くなりますので)。

右上:"Sketches Of Spain"(スケッチ・オブ・スペイン)/ マイルス・デイヴィス(1960)右下:"Out to Lunch"(アウト・トゥ・ランチ)/ エリック・ドルフィー(1964)
アウト・トゥ・ランチ

アウト・トゥ・ランチ

左上:"The Magician's Birthday"(魔の饗宴)/ユーライア・ヒープ(1972) 
魔の饗宴+9

魔の饗宴+9

このように「星とピエロ」の店内には、70年代アメリカのソウル・ファンク、フレンチ・ポップ、JAZZの古典、ブリティッシュ・ハードロックと、実に多種多様なジャンルの音楽が混在しており、更に第3話以降に登場した劇中曲からはプログレッシヴ・ロック、パンク/ニューウェイヴまで入ってきて、マスター(≒山田尚子監督?)の守備範囲の驚くべき広さを窺い知ることができます。


(2014/4/29 記)

*1:ネオ・アコースティック」の略称。ポスト・パンクの流れから派生した音楽ジャンル/スタイルのひとつで、新しい感覚のアコースティック・サウンドを奏でるアーティストが登場した際に日本の音楽メディアが名づけたもの。和製英語であり、欧米では通用しない言葉であるとのこと。ネオアコはソフトロックと同様、90年代前半の”渋谷系”の源流のひとつと言っても良いでしょう。詳細はwikipediaを参照→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%82%B3

*2:オレンジ・ジュースは日本のフリッパーズ・ギターに多大な影響を与えたことでも知られています。

*3:ちなみに同EPはPostcard Recordsの第1弾シングルでもあったようです。全てはここから始まったという訳です。

*4:現行のCDはアイズレー表記となっていますが、発音に忠実に書くならアイズリー・ブラザーズとすべきです。