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【レポート】映画『たまこラブストーリー』パッケージ発売記念上映&スタッフ舞台挨拶:山田尚子監督・中村伸一P・瀬波里梨P

レポート たまこラブストーリー 京都アニメーション 音楽

2014年10月10日(金)おもちの日。大路もち蔵の誕生日でもあるこの日は、映画『たまこラブストーリー』のDVD&Blu-rayの正式発売日でした。それを記念しての一回限りの上映会&舞台挨拶が、10月4日(土)の新宿ピカデリーに続き、京都アニメーションのお膝元であるMOVIX京都でも開催されました*1。以下は当日のレポートです。


(※画像をクリックすれば拡大してご覧になれます。以下の写真も同様。)


今回の目玉は何といっても、山田尚子監督が登壇される舞台挨拶です。新宿ピカデリーの舞台挨拶は、北白川たまこ役の洲崎綾さん、大路もち蔵役の田丸篤志さんが共に登壇されてのキャスト色の強いものであったのに対して、MOVIX京都はプロデューサーの瀬波里梨さん、音楽プロデューサーの中村伸一さんをお招きしてのスタッフ・トークであること、また山田尚子監督が事前に京アニのブログ(9/29付)「京都は、スタッフのトークということで、普段できないような大人なお話とかできると楽しそうですね。星とピエロの音楽のお話とか。いろいろ」と書かれていたこともあり、映画制作の秘話やディープな裏話を聞くことが出来るのではないかという期待感の大きなものでした。


そのこともあってか、平日の夕刻という時間帯でありながら、遠方から駆けつけてくる熱心なファンの参加率も高く、恐らく新宿よりも厳選された精鋭たちの集まりになっていたのではないでしょうか。一方で女性客の比率の高さも目を引きました。ぱっと見の印象でも男性:女性比率は6:4くらいだったのではないでしょうか。この作品の女性からの支持率の高さを伺わせます。


MOVIX京都で二番目の収容力を誇る南館4階のシアター10は満席御礼の賑わい*2。ロビーでは本日発売のDVD&Blu-rayに始まり、各種CDの販売ブースが設けられ、公開映画の看板はすべて『たまこラブストーリーに張り替えられています。そしてなんと、映画用に制作されたスタンディがこの日限定で復活してロビーの片隅を飾っています!出町桝形商店街の「鯖」のレプリカがあることから、これは映画公開当初、ひらかたパークの「たまこラブストーリー展」で展示され、その後、MOVIX京都の南館2階の売店コーナーの脇に長らく設置されていたあのスタンディに相違ありません。MOVIX京都の粋な計らいにファンは大喜びで、上映前から写真撮影する人の姿が絶えません。今日のイベントに相応しくフロア丸ごとたまこ一色となっての盛り上がりです。


定刻の18:30になって場内が暗転します。予告編なしで映画泥棒のムービーが流れ、本編の上映が始まりました。久しぶりに劇場の大スクリーンで観る『たまこラブストーリー』。何度観ても素晴らしい。特に繊細極まりない音響設計の数々は、パッケージが発売されてもなお、劇場で観る価値の大きい作品であることをあらためて思い知らせてくれます。


83分間の上映終了後、大きな拍手が贈られる中、スタッフの方々が慌しくスクリーン前に特設ステージを設置し始めます。向かって左手に『たまこラブストーリー』のポスター、その右側に椅子が4つ並べられます。客席最前列のA列は防犯の都合上でしょう、一列丸ごと空席になっており、観客の座席は2列目のB列以降となっています。私はC列中央やや左でしたので、登壇者の皆さんの表情がはっきり見える好位置でした。


ややあって、本日MCを務められる松竹映画の向井さんが前方左横の扉から登場。向井さんも一連の舞台挨拶ですっかりお馴染みの方になりました。撮影・録音等はお断りしますとの前説があった後、「皆さま、拍手でお迎えください」の声掛けと共にいよいよお三方の登壇です。スクリーンに向かって左から右へ、音楽プロデューサーの中村伸一さん、山田尚子監督、プロデューサーの瀬波里梨さん、MCの向井さんの順に並びます。よく見ると皆さんTシャツ着用でのご登場で、向井さんはたまことデラの白のデザインTシャツ、瀬波里梨さんも同じく3人娘が描かれた白Tシャツ。いずれも出町桝形商店街の岸本屋さんで販売されている公式認定のキャラクターTシャツです。

上掲の岸本屋さんのホームページから画像を引用しています。


続く山田尚子監督は黒字にピンクのデラTシャツ。昨年5月のイベントで販売された記念Tシャツです*3

そして最後の中村伸一さんは、水色地に大きく一頭の横向きの牛の写真をあしらったTシャツ。

「???」
違和感を覚えて静かにざわめく場内。いよいよ舞台挨拶(スタッフ・トーク)の始まりです。


以下、いつものお断りですが、これらのレポートは、当日手書きで採録したメモを元に書き起こしていますので、部分的に書き取りが追いつかず抜けている箇所があること、実際の言い回しとはかなり異なるものがあることをあらかじめご了承ください。意味を汲み取りにくい発言は私の判断で表現を補足していますし、臨場感を再現するために多少脚色を加えて、実際には言っていないような言葉遣いになっている箇所もあるはずです。そういう意味で、これは"擬似イベント録"としてお読みください。大意は外していないと思いますが、もし重大な認識違いや書き漏らしに気づかれた方がいらっしゃいましたら、ご指摘いただければ幸いです。今回はいつになく言葉のテンポや会話の流れが速くて、追いつくのに必死でした。


―― では皆さま、一言ずつご挨拶をお願いします。


瀬波 こんにちは。本作のプロデュースを担当いたしました瀬波です。
中村 (マイクテストのように)あーあー、えー、慣れていないもので(笑)。音楽プロデューサーをやらせていただきましたポニーキャニオンの中村と言います。普段あまり人前に出る機会がないので緊張しています。今日は皆さんのことをパイナップルだと思うようにします(笑)*4
山田 監督の山田です・・・。すごーい、めっちゃ緊張します(緊張のためかフラフラとやや挙動不審な監督)。


―― 大丈夫ですか?我々、今日はみんなこんな格好をしてますけど、中村さんは、たまこのTシャツでは・・・ないですね?


山田 (中村さんのTシャツを見て、客席に向かって)これ、何のTシャツか分かりはります?(客席から挙手)あ、すごい!お一人だけ。

実はここですかさず手を上げたのは私でした。ややあって数名の方が挙手されるのがちらりと見えましたが、前の方の見えやすい位置に座っていた関係でしょう、山田監督からは私だけが目立って見えたようです。


この中村さんの着用されていた牛の写真は、英国のプログレッシヴ・ロックの巨星ピンク・フロイドのアルバム『原子心母(Atom Heart Mother)』のジャケット写真で、『たまこラブストーリー』では、もち蔵が「星とピエロ」店内で珈琲を飲むシーンの右背後の窓際に置かれているLPレコードのジャケットなのです*5

映画『たまこラブストーリー』より


また細かいネタですが、『たまこまーけっと』のオリジナル・サウンドトラックCD『Snappy Music Around of Tamako』をお持ちの方は、あらためてじっくりとジャケットを見てください。「星とピエロ」のマスター八百比邦夫さんが手に持つLPレコードは、この『原子心母』のパロディーなのです。牛がピンク色の豚になっています。


「ピンク」で「豚」という点にこのジャケットのデザインを考えた人のこだわりが伺えます。なぜなら「ピンク」・フロイドのアルバム『アニマルズ』の有名なジャケットは、ロンドンのバタシー発電所の上空を飛ぶ「豚」だからです。


話を元に戻しましょう。私が挙手して少し間があった後、別の客席から「原子心母!」とタイトルを叫ぶ声が上がりました*6が、ほとんどの人は「あー」とか「ほー」とか興味のない謎解きの答えを聞いた時のような溜息とも何ともつかない微妙な反応をしています。ディープなネタTシャツを嬉々として着てくる中村プロデューサー、それを見て目をキラキラさせている山田尚子監督。この時点で今日のスタッフ・トークがマニアックでディープな音楽ネタ満載になるのでは?という予感をヒシヒシと感じていた訳ですが、それはもう見事なまでに的中することになります。

中村 はい、正解です。「星とピエロ」の店内にあるピンク・フロイドの『原子心母』というアルバムです。
山田 (アルバムタイトルを答えた人に向かって)後で中村さんにニッコリしてもらってください(笑)。


―― いよいよ今日はパッケージの発売日なのですが、あらためて今のお気持ちをお聞かせいただけますか?


山田 (客席を見て)今日、すごい人多いんですよぉ。めっちゃ緊張しますね。
瀬波 舞台挨拶、何回出られてるんですか(笑)。
山田 そうだ、今日はもち蔵の誕生日なんですよ。あの、皆さん、おめでとう大合唱とかしてもらってもいいですか?

客席からはオッケーの声。

山田 じゃあ、瀬波さんが。
瀬波 えっ、そんな予定じゃなかったでしょ!(笑)
山田 では、「もち蔵、お誕生日おめでとー!」

「おめでとー!」の復唱と拍手。

―― 実は10月10日に日付が変わった瞬間に、Twitterのトレンドに「もち蔵」って出たんですよ(笑)。すごいですよね。10月10日生まれのキャラクターってもっと色々いるはずなんですけどね(笑)。そんなもち蔵役の田丸さんと、たまこ役の洲崎さんから、今日のイベントのためにコメントをいただいているので、ご紹介させていただきます。先に洲崎さんのメッセージを監督に読んでいただきましょうか?


山田 読ませていただきます。・・・これ、すごいですね。自主的にいただいたんですよね?*7 では震える手で読ませていただきます*8。MOVIX京都の皆さんへ。北白川たまこ役のす・・・あ、ものまねしようとしたけどダメでした(笑)。

洲崎さんの手紙の内容を要約すると、「今日はお伺いできず残念ですが、私たちの分も楽しんでいって下さい、今日はもち蔵の誕生日ですね。もち蔵、おめでとう!今日は家でおもちを食べながらTVシリーズ第9話*9を見返したいと思います」というものでした。

―― では続いて、もち蔵役の田丸さんのメッセージを、中村さんお願いできますか?


中村 代読させていただきます。(以下要約)「MOVIX京都へお越しの皆さん、今日は参加できなくて残念です。僕達の分まで楽しんでいってください。あ、そうだ、10月10日ですね。もち蔵の誕生日ですね。みなさんも一緒に祝ってください(笑)*10


―― 今回のパッケージ発売はもち蔵の誕生日と同じ日という粋な計らいがあった訳ですが、初めからそういう予定だったのですか?


瀬波 中村さんとパッケージ発売の打ち合わせをした時に、大体この辺の時期ですかねと言っている内に、この辺りだったらやっぱりこの日しかない!となりまして。
中村 10月10日は本当はうち(ポニーキャニオン)の定期の発売日とは違うんですよ。でもカレンダーを見ていると「お、近い」と。
瀬波 10月10日?何曜日?金曜日!いけますか!?
中村 いけます!
瀬波 という流れでした(笑)。
中村 良かったです。10月10日が金曜日で。


―― 『たまこラブストーリー』は、去年の『中二病』の映画*11の公開日(2013年9月14日)に劇場で特報が流れたのが最初で、それから1年ちょっと。4月26日の劇場公開時の舞台挨拶からも半年が経ちました。


山田 もう半年前ですか、うわあ。その時いらっしゃった方は・・・(客席から挙手多数)おぉっ!ありがとうございます。


―― 舞台挨拶は13回くらいやりましたね。


瀬波 すごいですよね、山田さん。
山田 いや、でも全然なんかダメですね。緊張して、少し震える手で(笑)。


―― でもほら、今日はこうやってみんなTシャツ着ていますし。


瀬波 そういうことも考えて今日はみなさん楽しくいきましょうよということなんですけど、(一人違うTシャツを着ている中村さんを見て)・・・大丈夫ですか?(笑)
中村 大丈夫です(笑)。


―― 今日は中村さんに出たばかりのパッケージの実物をお持ちいただいていますが、「メモリアル・アートBOX仕様」ということで、この辺りの中村さんのこだわりはいかがでしょうか?


中村 瀬波さんと一緒にスペシャルなパッケージにしようと考えました。特に質感にこだわりました。マグネットとか、あ、これ言っていいのかな(笑)、ちょっとお高いんですよね。
瀬波 あと紙の質です。ぜひ劇場のパンフレットと並べて飾ってみてください。
山田 宝石箱を開けるような感じなんですよ。
瀬波 コンセプトが「宝物が詰っているように」でしたから。
山田 この水玉模様がね…出来上がったのを見て、あ、これ、ぷっくり(立体に)させてもらったら良かったー*12って言ったら、「幾らかかると思ってるんですかー!?」って瀬波さんにめちゃめちゃ怒られて(笑)。
瀬波 お高くなってしまうんですよ。
山田 でも、ぷっくりさせた方が可愛いですよね?
瀬波 なんで今、そんなこと言うんですか!(笑)
山田 叱られたこと根に持ってるんです(笑)。
瀬波 でも水玉は監督のこだわりですよね。
山田 はい。美術の田峰(育子)さんに沢山描いてもらいました。
瀬波 色々なスタッフやデザイナーさんのこだわりが一杯詰まっています。


―― 箱の中にはオールカラー・スペシャルブックレットとか名場面絵コンテ集とかも入っていますね。


瀬波 最初、監督に言ったら「コンテ載せるんですか?いやー!」とかって仰ってましたよね。
山田 色々バレてしまうから恥ずかしいじゃないですか、絵の下手なこととか思惑とか。


―― コンテと台詞が違うところもあるんですよね。


山田 そうです。たまこの大事な台詞を土壇場で変更しています。コンテ集を見てもらわないと分からない変更点もあったり。


―― 今日発売のDVD&Blu-rayはこの劇場の入口でも販売していますので、皆さま、京都土産にぜひ。京都駅で売ってたら凄いですね(笑)。


山田 おたべの横に並んでいるとか(笑)。いいですね。


―― それから、フォトカードセット3種「大路もち蔵コレクション」。


山田 もち蔵がカメラを持って撮ったという写真が3枚入っています。もち蔵のお宝をいただいた感じですが・・・(写真を見て)恥ずかしいですねー!もち蔵ねー(笑)。


―― この間の新宿の舞台挨拶でもその写真の話題が出て、その後、洲崎さんと田丸さんがその再現写真を撮ってブログにアップされてまして。


瀬波 あ、それ撮ってるところを横でニヤニヤしながら見てました。
山田 もうちょっと顔を寄せた方がいいとか、あーだこーだいいながら(笑)。

そのブログの記事はこちらです。
洲崎綾さんのブログ「Clown's Pocket!」(2014/10/5)

―― 最後に特製フィルムしおり2枚です。


瀬波 これは監督が絶対つけてほしいと要望されたものでした。フィルムにこだわりのある監督ならではです。
山田 嬉しかったです。(隣で実物を掲げて覗き込んでいる中村さんを見て)見えますか?


―― では続いて本編の話をお聞きします。音楽面で今回、TVシリーズと大幅に変えた点はありましたか?


中村 特に立ち位置は変わらないです。ただテーマが大きく違います。キーワードで言うとTVシリーズは「多幸感」というものでしたが、映画の方は「青春の痛み」でした。監督から「青春はマイナー・コード」という言葉をいただきまして(笑)。
山田 ぶん投げて山口さん*13が苦笑いするという・・・。でもなんかすごくいい感じになって。


―― 一番こだわったシーンの音楽とかはありますか?


中村 最後、たまこの走るところ(京都駅のシーン)の曲の遣り取りは密度濃く打ち合わせました。その時のメールを見てみると、ものすごい短い期間にものすごい量のメールを時間帯を問わず遣り取りしていて、いったいどれだけ密度の濃い打ち合わせをしていたのかと思うほどです。
山田 音楽の片岡知子さん*14の中でもどんどん解釈が進んで、どんどんイメージが生まれてきました。
瀬波 そこに片岡さんのこだわりも入ってきて更に濃密になって。
山田 そうなんですよね。愛と狂気だと思っています、片岡さんの音楽は。
中村 片岡さんからの提案も沢山あって、ものすごく細かく監督に確認されていました。
山田 楽しかったです!ピアノの音楽は、練習曲みたいな曲が何曲かあるんですが、それがもうたまらなく好きで。早回しするところの音楽とかも好きです。あと、SEが全部消えてたまこがもち蔵を意識し始めるシーンとか、もち蔵を覗き見ている辺りとかも。
中村 今回はピアノの曲が充実していましたね。監督からも初めからピアノのオーダーが多かった。
山田 ハノンのような指の練習曲に始まって、ショパン、リスト、ドビュッシーまで幅広くリクエストさせてもらいました*15。あれ(片岡さんは)困ってはったんですか?困ってらっしゃらないですよね?
中村 困ってらっしゃらないと思います(笑)。


―― ラストが「恋の歌」のたまこバージョンで終わるというのは最初から決まっていたのですか?


山田 「恋の歌」で映画の最初と最後を挟みたいとは言っていました(表記上、紛らわしいので、以後は映画のクレジットに従って、映画OPのバージョンを「KOI NO UTA」、TVシリーズが初出のオリジナル曲を「恋の歌」、たまこバージョンを「こいのうた」と表記します)。
瀬波 EDは「プリンシプル」との2曲構成というのも決まっていましたが、順番とかは今の形ではなかったです。
山田 初めてたまこバージョンの「こいのうた」を聴かせていただいた時、もうこれをEDにするしかない!と思いました。すごい疾走感があって青春が弾けているようで、パンクなロックな感じがたまらんなーと思って。
瀬波 コンテがまだ完全には上がっていないタイミングでしたね。ラストシーンのあの繋ぎもなかった。
山田 自分としては逆に言ったつもりはなかったのですが、「こいのうた」の方をEDにと言ったら、中村さん界隈がザワッとしはじめて(笑)。
中村 こっち側は結構大騒ぎになりました(笑)。実は「プリンシプル」→「こいのうた」という流れでアレンジも決めていたんです(笑)。逆になりますと聞いて「えーっ!」と思いましたが、監督の意図をお聞きしてみんな納得しました。実際、映画を観てみるとこれしかありえないと思います。
山田 その節はすみませんでした。


―― 「プリンシプル」はああいうバラード調というか青春曲を洲崎さんが歌っていらっしゃる訳ですが、何か苦労されたということはあったのでしょうか?


中村 TVシリーズの時は、たまこの役柄で歌っていただいたのですが、映画では洲崎さん本人の表現として歌っていて、そこが根本的に違います。洲崎さん自身、その点で何か考えられることはあったかもしれませんが、彼女はものすごく歌の上手い人なので、歌入れのときの苦労はありませんでした。すごく早く収録が終わるんですね。
山田 (「プリンシプル」は)すごいキーが高いですよね。あれを裏声でなく地声で歌っていて、歌えば歌うほど声が出るみたいで。
中村 最初の(TVシリーズOPテーマ曲の)「ドラマチックマーケットライド」は収録に時間がかかったのですが、彼女は歌えば歌うほど、のどがどんどん開いていくんですね。後になるほど声が出るんです。
瀬波 さらっと歌っているようですが、あれはすごい難しい歌ですよね。
山田 (客席を見て)歌ったことあります?(挙手多数)


―― ほぼ男性(笑)


中村 「たまこ」の曲はTVシリーズの頃から難易度の高い曲が多いんですよ。
山田 (TVシリーズEDテーマ曲の)「ねぐせ」とかも。
瀬波 ドSみたいな難しさ(笑)。
中村 否定はしません(笑)。メカニカルなメロディーラインに、いい乗っかり方をされています。
山田 音程をはずさないんですよね。去年のたまこのイベントの時に歌ってらっしゃっていて・・・あれ、生歌ですよね?
中村 ナマです、もちろん。
瀬波 なんか、疑いの目が向けられてますよ(笑)。
中村 違いますよ、やめてください!ほんとにナマですから!(笑)
山田 すごくのびのび歌っていらっしゃっていて感動しました。
中村 緊張の現場だったと思いますが、みんな楽しんでやっていただけました。


―― 映画のひなこさんの歌(劇中曲「豆大さんへ」)の制作秘話など・・・。


山田 (中村さんの方を向いて)あれは・・・タネは明かせないんですよね?ヒントだけ言いますと、ひなこお母さん*16には下手に歌わないでくださいとお願いしました。音痴な設定なんですよ、ひなこさんは・・・。これ以上、言えるかな。(再び中村さんの方を向いて)うーん、いいんですかね、秘密?
中村 ちょっと秘密かも。

【追記】この時点では山田監督も中村Pも口外できない秘密という扱いをされていましたので、最初に記事をリリースした時にはあえて説明を省きましたが、もう時効(?)かと思いますので、私の理解している範囲で解説を加えておきます。


音痴の設定でありながら「下手に歌わないでくれ」とはどういう意味なのでしょうか?下手に歌わないとはつまり音符通り正確に歌ってくれということです。ひなこ役の日笠陽子さんは正確に歌っている=音痴ではない。にも関わらず、この劇中曲「豆大さんへ」は奇妙に音を外しているように聞えます。


その秘密は『たまこラブストーリー』のオリジナル・サウンドトラックCDの27曲目「たまこへ」を聴くことで氷解します。26曲目の「豆大さんへ」でひなこさんが歌っているメロディーは実は「きらきら星」ではありません。27曲目の「たまこへ」のメロディーなのです。この2つのメロディーはとてもよく似ています。そして「豆大さんへ」は、ひなこさんの歌う「たまこへ」のメロディーのバックでピアノが「きらきら星」のメロディーを奏でており、この2つの似て非なるメロディーが重なり合う時、音階が時折不協和を引き起こすため、ひなこさんの歌が音痴に聴こえてしまうという仕掛けなのです。その証拠にひなこさんの歌をそのままピアノで奏でた「たまこへ」を単体で聴けば、落ち着いた優しい曲調として耳に馴染むことに気づきます。そして、この2つのメロディーを同時に演奏することでもたらされる音楽的効果を最大限に引き出すためには、日笠さんは誤りなく正確に歌わなければならなかったわけです。ちなみに「たまこへ」は、登校の朝、たまこが自分の想いをもち蔵へ伝える決意をしたことをみどりに告げるシーンのBGMで流れています。


私は、ひなこさんは音痴ではなくメロディーを間違って覚えてしまう(or 歌ってしまう)タイプの人だったと思っています。映画のこの場面の仕掛けもそれを示唆するものですし、たまこが憶えていた「母の鼻歌」も豆大が贈った「恋の歌」をひなこさんが別のメロディーで覚えて(or 歌って)いたものでした。

――音楽といえば、コンピレーション・アルバム「星とピエロ」も発売されております。


瀬波 あれ凄いCDですよね。
山田 凄いです!
中村 あんなことやんないですよね、普通。
山田 「星とピエロ」の店内でマスターの八百比さん*17が掛けてくれるレコードは、全部この作品のために作られた新作で、これは音楽制作をやってくださったマニュアル・オブ・エラーズさん無くしては絶対に出来なかったです。
中村 最初に監督とどういう音楽にしたいですかとお話しした時、外国の有名な曲を使えないかということだったんですが、それは色々な事情があって難しいので、じゃあ、代わりに作っちゃいましょうかと。60~70年代にあったであろう音楽を捏造するので、それでいかがですかと提案したんです。
山田 それを聞いて「ひゃあ!」ってなりました(笑)。
中村 求められる音楽的なボリュームやヴァリエーションを考えると、このオーダーに応えられるのはマニュエラさんしかいないと判断してご提案させていただきました。
山田 すごい音楽を愛していらっしゃる集団なんですよ、マニュアル・オブ・エラーズさんは。お話を聞いて、びっくりしました。最初に中村さんから片岡知子さんのお名前とマニュアル・オブ・エラーズさんのお名前をお聞きした時、心の中で100人くらいの山田が大盛り上がりで(笑)、もう舞い上がってしまうくらい嬉しかったです。自分はまさにその界隈の方々の音楽をイメージしてお話ししていたんです。
中村 これは今日初めて言いますが、山田監督と音楽の打ち合わせをしていた時、頭の中でずっと鳴っていた音楽がスペース・ポンチだったんですよ。
山田 おぉぉーーー!
中村 山田さんは具体的なアーティスト名を出さなかったですし、僕もお聞きしていなかったんですけど、お互いの頭の中は「スペース・ポンチ」というキーワードで繋がっていたんですね。こんな話して皆さんに伝わっているんでしょうか?(笑)
山田 (客席を見て)スペース・ポンチというのは、アーティストの集まりというか、岸野雄一さんという方がいらっしゃって、その方が率いるインストの音楽を演奏するバンドで・・・。

スペース・ポンチについては山田尚子監督の説明の通りなので、機会があったらぜひ聴いて下さいで終わりにしたいところですが(笑)、少し補足説明をしておきます。スペース・ポンチは音楽家であり俳優であり著述家であり、その多彩な活動から自らスタディストと名乗る岸野雄一さんのバンドのひとつです。可愛らしくもストレンジでオモチャ箱を引っくり返したようなインスト曲の数々は、さながら音の遊園地といった風情でまさに『たまこまーけっと』の世界に通じるものです。アルバムは『THE WORLD SHOPPING WITH SPACE PONCH』(1999年)があり、CDフォーマットでは既に入手困難かもしれませんが、iTunes等でなら購入可能です。
岸野雄一さんは、個人的には日本に「モンド」や「ラウンジ・ミュージック」という概念を定着させた方であり、日本のインディーズのレーベルであるナゴムレコードの立ち上げに関わった人という印象が強く、その来歴については手っ取り早くwikipediaを参照されると良いでしょう(もちろんこれが全部ではありませんが)。一読すれば、マニュアル・オブ・エラーズ周辺と深い繋がりがあることが分かるはずです。なお、岸野さんの関わっていらっしゃるバンドでは「ヒゲの未亡人」もオススメです(面白い!)。こちらも機会があればぜひ。

中村 (たまこの音楽のイメージは)スペース・ポンチだったんですという話を山口(優)さんとの打合せの時に山田さんがしていらっしゃるのを聞いて、自分もそう思っていたのですごいテンションが上がって、これはもう免罪符をもらったようなものだと思って、そこから先は自信をもって音楽制作を進められました。
山田 それと、マニュアル・オブ・エラーズさんの会社のマークが「おもち」なんですよ。(すっかり言葉数の減ったMCの向井さんの方を見て)・・・興味ないですか?(笑)


マニュアル・オブ・エラーズロゴマークの「おもち」。
公式ホームページはこちらです→http://www.manuera.com/

―― 映画本編では「星とピエロ」にちょっとした仕掛けがありまして、その辺りについてはスタッフ・コメンタリーで監督自身が語っていらっしゃいますね。


瀬波 ああ、後ろに並んでいる(笑)。
山田 え、何しゃべったっけ?八百比さんのカウンターの中にマトリョーシカ*18がいっぱいあるのが可愛い。


―― あ、いえ、いいです(笑)。スタッフ・コメンタリーでは色々と秘話が語られていますので、皆さま、ぜひご覧いただければと思います。そろそろお時間がやって参りました。名残り惜しいですが、最後に一言ずつお願いいたします(椅子から立ち上がるお三方)。では中村さんから。


中村 立つと足が震えるんです(笑)。今日は皆さん本当にありがとうございます。ものすごく愛される作品となって感慨深いです。映画を試写会で観て一番最初に思ったのが、ああもうたまこは作れないのかという喪失感でした。でもこのままというのも寂しいので、音楽的なところで新しいものが作れないかなという気持ちになっています。(会場から拍手と歓声)
山田 おぉっ!今、これ初めて言いますよね。
中村 近々とは言えませんが、皆さんにお届けしたいなと思っていますので、その時まで待っていてください*19


―― 続いて瀬波さん。


瀬波 皆さん、ありがとうございました。4月26日の全国24館で始まった劇場公開も、その後、二番館、三番館と続いて、パッケージも出せました。しかもこの後、長崎での上映も決まって、ついに全国制覇できて本当に嬉しいです!これで終わりではありません。1月には公式ガイドブックも出ます。カレンダーの予約も始まりました。まだまだ応援してください。


―― 最後に山田監督から。


山田 喋るのがすごい下手くそで・・・。『たまこラブストーリー』はこうやってファンの人の顔を見て直接「ありがとうございます」を言える機会の多い作品で、皆さまには本当に感謝しています。いつもどうもありがとうございます。…今日はうまく喋れた。いつもなら「今日はダメでしたねー」みたいなツッコミが。
瀬波 そんなこと言ってないです(笑)。
山田 なんでガチガチなんですかーとか。
瀬波 なんでフラフラしているんですかはありますけど(笑)。
山田 大丈夫です(笑)。伝えたい思いは沢山あるんですよ。『たまこラブストーリー』を作れて本当に嬉しかったですし、皆さんに観てもらえて幸せです。いつも言い足りないのですが、本当にありがとうございます。たまこたちはまだこれからも幸せです。今、中村さんが仰ったみたいにちょっといいことがあるみたいですし、ホカホカの話なんですよね?
中村 ホカホカです。
瀬波 叶えばすごくいい企画になります。
山田 楽しみにしていてください。これからもどうぞ、たまこをよろしくお願いします。

劇場内に鳴り響く拍手と喝采の中、入場時と同じく前方左側の扉から退場されるお三方。山田監督は幾度もふり返りふり返り、客席に向かってお辞儀をされます。そんな監督の姿に賞賛と感謝の想いを込めて、また、今日がひとつの区切りと思っていた矢先に発表された新企画への期待を込めて、万雷の拍手がすぐに止むことはありませんでした。


(追記)
9月に韓国で公開された『たまこラブストーリー』の韓国版チラシをフォロワーさんに見せていただきました。韓国のファンの方が出町桝形商店街宛てに送って来られたのだそうです。


(2014/10/13 記)

*1:DVD&Blu-rayのパッケージ商品は、新宿ピカデリーの記念上映会当日限定で先行発売されていました。

*2:キャパは332席で、4階フロアが丸ごとシアター10です。前日まで端の方の席に若干の空きがありましたが、最終的には全席埋まったそうです。

*3:下は薄いグリーンのスカートをお召しになっていました。

*4:けいおん!!』第8話「進路!」での小学校時代の澪と律のエピソードを思わせます。

*5:映画の「星とピエロ」店内に飾られているLPジャケットについては拙稿をご参照ください→http://los-endos.hatenablog.com/entry/20140429/1398701112 こちらでも『原子心母』を紹介しています。

*6:この邦題は「げんししんぼ」と読みます。もちろん造語です。

*7:向井さんによれば、昨晩のもち蔵誕生日にリアルタイムで届いたとのこと。

*8:勿論、映画EDで洲崎さんが歌う『プリンシプル』の歌詞から。

*9:TVシリーズの最重要回と言える第9話『歌っちゃうんだ、恋の歌』のこと。ラストでたまこからもち蔵にバースデー・ケーキが贈られるシーンがあります。

*10:中村さんは「かっこ 笑い」と読み上げられました。

*11:小鳥遊六花・改 ~劇場版 中二病でも恋がしたい!~』

*12:TVシリーズ『たまこまーけっと』DVD&Blu-rayの付属ブックレット表紙に描かれていた各巻ごとに異なる餅の絵は、どれもフェルト生地が貼られた立体仕様になっていて、その感触が「ぷっくり」しています。恐らくそのイメージで仰っているのではないかと。

*13:音楽プロデューサーであるマニュアル・オブ・エラーズ山口優さん

*14:サントラを手掛けたマニュアル・オブ・エラーズ片岡知子さん

*15:後の3つの名前はいずれも著名な作曲家なので説明を割愛しますが、最初のハノンはピアノのトレーニング用の練習曲を書いた人で、それらはクラシックの世界では標準的な教則本となっています。私も幼少期にピアノを習っていたことがあり、お世話になりました。ハノンで指先の動きを良くしてから、バイエルやツェルニーを習うというのが一般的なクラシック・ピアノの初期学習スタイルです。世間的にはあまり知名度が高いとは思えないハノンという名前がさらりと出てくる辺り、もしかすると山田監督もクラシック・ピアノを習っていた経験があるのかもしれません。

*16:ひなこさん役の日笠陽子さん

*17:最初、山田監督は八百比先生と仰っていました。

*18:人形の中に人形がある入れ子構造になっているロシアの木製人形のこと。

*19:これは数々の新録を含んだコンピレーション・アルバム『TVアニメ「たまこまーけっと」&映画「たまこラブストーリー」ベストアルバム「Everybody Loves Somebody~うさぎ山から愛をこめて」』のことです。