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【レポート】映画『たまこラブストーリー』第18回文化庁メディア芸術祭新人賞受賞記念:高橋良輔監督×山田尚子監督対談

2015年2月11日(水)建国記念日のこの日、六本木の映画館「シネマート六本木」において「第18回文化庁メディア芸術祭」アニメーション部門で新人賞を受賞された山田尚子監督の映画『たまこラブストーリー』の上映と、受賞を記念しての高橋良輔監督×山田尚子監督とのトークショーが開催されました*1。以下は当日のレポートです。

(上)2014年11月27日に文化庁メディア芸術祭公式アカウントが発信したtweet。



(左)シネマート六本木の外観
(右)いつものように有志一同でお花をお贈りしました

(※画像をクリックすれば拡大してご覧になれます。以下の写真も同様。)


【参考リンク先】
・第18回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門新人賞受賞作『たまこラブストーリー』の作品概要と、高橋良輔監督による贈賞理由(第18回文化庁メディア芸術祭
http://j-mediaarts.jp/awards/new_face_award?section_id=3&locale=ja#item2
・『たまこラブストーリー』第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞受賞。山田尚子監督への受賞記念インタビュー(アニメ!アニメ!)
http://animeanime.jp/article/2015/01/29/21773.html



今回の山田尚子監督のトーク付き記念上映は、平日の1月20日(火)にひっそりとメディア芸術祭のホームページ上で告知され、しかも申込み先着135名で締め切るというものだったので、うっかりすれば気がつかない内に受付終了していたかもしれないという難易度の高い争奪戦でしたが、心ある方からご連絡をいただき難なく申込み完了できました。この場を借りてあらためて御礼申し上げます。

当日はキャンセル待ち券も出て満員御礼でした。


当日の時間枠は14:30~16:45までの2時間15分。『たまこラブストーリー』の上映時間が84分程度であることから、上映後の若干の休憩とセッティング時間を考慮しても、対談時間は約45分の長きに渡るであろうことが予想されます。映画の舞台挨拶でせいぜい30分程度ですから、最初からトークにやや長めの時間が割り当てられていることが分かります。


定刻通り、14:30から始まった映画『たまこラブストーリー』の上映が終了し、客電が点いて場内が拍手に包まれる中、スタッフが慌しくセッティングを始め、スクリーン前に丸椅子がふたつセットされます。会場となった「シアター4」は本来は149名まで収容できるようですが、最前列のA列は"関係者席"扱いで一般客はB列以降の着席となっています。しかしA列中央付近には最後まで誰も座らなかったので、恐らくトークイベントの安全性を確保するための配慮もあったのでしょう。


トークショーの準備が完了すると、スクリーンに向かって左側の扉が開いて、そこから山田尚子監督高橋良輔監督が入場されます。会場から湧き起こる万雷の拍手。左側の丸椅子に高橋監督、右側の丸椅子に山田監督が着座されます。山田監督は10月に開催された映画のDVD&Blu-ray発売記念の上映イベント時の黒髪とは打って変わってブラウンに染めたセミショート。暖かそうな紺色の毛編みのカーディガンをワンピースの上に羽織っていらっしゃいます。時刻は16:00丁度。いよいよトークイベントの始まりです。


山田尚子監督の対談のお相手(「モデレーター」と呼称していました)の
高橋良輔監督は、山田監督にとってはアニメーション業界の大先輩に当たる人です。私のような世代の者にとっては、高橋良輔監督と言えば『太陽の牙ダグラム』や『装甲騎兵ボトムズ』など、1980年代前半のリアル路線のロボット・アニメを牽引した重鎮という印象が強く、山田尚子監督とは一見ミスマッチな気もしたのですが、あらためて高橋監督の略歴を拝見する内に、ロボット物だけではない多様なジャンルを手掛けておられることや、アニメ業界の育成者・教育者という側面も見えてきて、自分の不勉強を恥じるばかりでした(高橋監督のお名前のところに手っ取り早くWikipediaをリンクしておきましたので各自ご確認ください)。


上掲した文化庁のリンク先にある『たまこラブストーリー』の新人賞贈賞理由として、高橋監督は審査委員の立場で次のようなコメントを寄せていらっしゃいます。

新人賞ではあるが、ある意味においては現在の日本のアニメの到達点と言えるだろう。日本のアニメは世界の中でも特異な発展を続けているが、何気ない日常の中にみずみずしい感動を見つけるという視点はやはり独特と言える。映像を注意深く見ると、その鋭敏な感性だけでなく、アニメーターとしての技量や演出者としての計算、そして強い意志に裏付けられていることがよく分かる。「ジャパニメーション」という言葉があるが、まさに本作はその1ジャンルを担う作品であると確信している。
(高橋 良輔)

この言葉を読む限り、今日のトークの内容は作品の演出論や技術的側面に踏み込んだディープなものになるに違いないと、否が応にも期待は高まるばかりでしたが、実際のところはあまりテクニカルな話は出ませんでした。その代わり、日本のTVアニメの黎明期から活躍されてきた高橋監督による山田監督ならびに『たまこラブストーリー』評をたっぷり伺うことができたという意味で大変有意義な時間でした。


以下、恒例のお断りです。これらのレポートは、当日手書きで採録したメモを元に書き起こしていますので、部分的に書き取りが追いつかず抜けている箇所があること、実際の言い回しとはかなり異なるものがあることをあらかじめご了承ください。意味を汲み取りにくい発言は私の判断で表現を補足していますし、臨場感を再現するために多少脚色を加えて、実際には言っていないような言葉遣いになっている箇所もあるはずです。そういう意味で、これは"擬似イベント録"としてお読みください。大意は外していないと思いますが、もし重大な認識違いや書き漏らしに気づかれた方がいらっしゃいましたら、ご指摘いただければ幸いです。

日本のアニメーションの広さの象徴が『たまこラブストーリー
高橋 山田監督、メディア芸術祭新人賞おめでとうございます。
山田 ありがとうございます。
高橋 今日僕は「モデレーター」ということで呼ばれたのですが、どんなことをやるのかよく分かりません(笑)。辞書を引いてみたのですが、その意味は一旦置いておいて、今日は客席の皆さんも聞きたいことが沢山あるでしょうし、僕も聞きたいことがあるのでぼちぼち進めていきたいと思います。京都アニメーション京都市にあるんですか?
山田 いえ、宇治市です。京都府宇治市ですね。六地蔵というところにもスタジオがあって*2、そちらは一駅離れただけで京都市になります。宇治市京都市の両方ですね。

※上が京都市にある京都アニメーション第1スタジオ。下が宇治市にある本社
高橋 会社がどの辺にあるのかなと思ってまして。私の仕事を一緒に手伝ってくださったアニメーターの谷口さんも京都なんですよ。
山田 え、そうなんですか!どちら・・・?
高橋 繁華街ではないみたいですね。その昔、市内で織物のテキスタイルをされていたのがキャリアの出発点なんですよ。
山田 西陣ですね。

ここで高橋監督が口にされた「谷口さん」とは、アニメーター、イラストレーターの谷口守泰(たにぐちもりやす)さんのことです。高橋良輔監督との仕事では『装甲騎兵ボトムズ』の主人公「キリコ・キュービィー」のキャラクター・デザインに関わったことや、『蒼き流星SPTレイズナー』の作画監督などで特に有名な方ですが、とてもそれだけでは語りきれない日本アニメーション界のベテラン中のベテランでいらっしゃいます。Wikipediaでは、兵庫県出身の京都府在住となっています。

高橋 谷口さんの話は置いておいて。えー、『たまご・・・あ、間違えた(笑)。
山田 大丈夫です。よく言われます(笑)。
高橋 『たまこラブストーリー』を興味深く拝見しました。僕は常盤みどりさんがいいですね。あのタイプいいですよ。
山田 ありがとうございます!うちのスタッフにもいいっていう人が多いです。名前を覚えていただいているだけで感無量です。
高橋 たまこちゃんは、僕には女っぽすぎるんです。そこがいいというファンの方もいらっしゃるでしょうね。でも、僕はみどりちゃん(笑)。
山田 ありがとうございます。今日はよく眠れそうです(笑)。今回、高橋さんが書いてくださった贈賞の講評を先輩の石原立也*3が読んで興奮していまして、「失礼が絶対ないように!」と(笑)。今日は石原立也を背負って来ています(笑)。
高橋 受賞作という意味では『たまこラブストーリー』という作品そのものが一番に語られなければならないのですが、京都アニメーションの諸々の作品には自分なりの想い出があります。僕は今、関西で学校の先生をやっている*4のですが、今年の卒業生がアヌシー*5へ行きまして、「アニメーションの世界ってすごく広いんだ!」と目からウロコが落ちたと言うんです。TVアニメーションを見て育った彼にとっては、日本であまり見ない実験的な作品がそこにいっぱいあったからなんですね。でも僕は違う意味でアニメーションの広さを実感しています。日本のアニメーションの世界では、実はアヌシーに出品されるような実験映画は昔からずっとあるんです。世界のアニメーションは、ディズニーを除けばむしろこちらの方が主流かもしれない。でも日本のアニメーションは『たまこラブストーリー』があるアニメーションなんです。そこには僕のやっているようなロボットものもあるし、『クレヨンしんちゃん』だってある。ものすごく題材とテーマが広くて、子供向けとか芸術的とかジャンルが固まっていない。そんな日本のアニメーションの広さの象徴が『たまこラブストーリー』なんです。こんなアニメーション、世界ではなかなか作れないですよ
山田 ・・・そ、そう、ですか(笑)。
高橋 とんでもないハラハラドキドキがある訳でもない、何ということのない日常を描きながらそこにちゃんと感動がある。それが日本のアニメーションの特徴や広がりなんです。日本のアニメーションにはこういう作品があって、なおかつそれが日本のアニメーションを支えているんだというところに、僕は『たまこラブストーリー』に対する審査員としての思い入れがあります。その辺はどうなんでしょう?自然と作っちゃったという感じですか?(笑)
山田 ・・・・・・・・・(かなり長く沈黙して)ど、どうしたらいいんでしょう(笑)。


哀しみのベラドンナ』と『鉄腕アトム
高橋 では、今まで観る立場としてはどんなアニメーションがお好きでしたか?
山田 すごく小さい頃は『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』やジブリの作品が大好きでした。アニメーションという技術に感動してしまったのは、虫プロの『哀しみのベラドンナ』です。凄い衝撃を受けました。それまで海外のフルアニメーションとかアート作品は面白いなと思って見ていたのですが、日本人の感覚でこんな素敵なアニメーションが出来るんだと感銘を受けました。『たまこラブストーリー』のような作品の話では全然ないんですが、アニメでなにかしらの表現を・・・ひとコマずつ描いていくのが凄いなというか・・・えー(笑)、助けてください、おかしくなってしまいそうです・・・(笑)。

ここで解説が必要だと思いますので注記しておきます。『哀しみのベラドンナ』は、虫プロダクションが1973年に発表したいわゆる「大人向け」のアニメーション映画です。私も名前だけは聞いたことがあるくらいで、同じ虫プロの大人向けアニメ映画『千夜一夜物語』『クレオパトラ』と比べると中々観る機会に恵まれない幻の作品でした。

哀しみのベラドンナ [DVD]

哀しみのベラドンナ [DVD]

本稿を執筆するに当たって本作のDVDを取り押せて鑑賞することが出来たのでその印象を書いておきます。非常に実験的でアーティスティックで衝撃的な作品でした。虫プロの前2作とは作風が全く異なります。性と死と暴力の渦巻くイメージの奔流。暗く残酷で救いのない物語。おびただしいほどの性的描写と洪水のような色彩。それはさながらエロスとタナトスのひしめきあうサイケデリックな悪夢であり、危険なドラッグ・ムービーのようです。セル画を殆ど使わない静止画のイラストレーションを組み合わせた制作手法は、こんにちの"日本のアニメーション"とは根本的に質感が異なります。


山田尚子監督は京都アニメーションのブログの中でもアレハンドロ・ホドロフスキーセルゲイ・パラジャーノフといった映像作家へのシンパシーを表明していますが、『哀しみのベラドンナ』に見るエロティシズムやアート志向はそれらの作家の作品にも通じるものであり、更にはチェコ旧ソ連の前衛的な実験アニメの匂いを強く感じさせるものです。


物語やキャラクターへの共感でアニメを観るのではなく、絵が動くという純粋な感動の下に目が釘付けになるような体験。42年も前に日本のアニメーションは既にこれほどの表現力の高みに到達していたのです。1973年という時代を考慮すれば、これは驚異的なレベルであり、間違いなく世界に通用する作品でしょう。この作品が学生時代の山田尚子監督に強烈な印象を残したというのは充分頷ける話です。


山田監督のこうしたアヴァンギャルドな嗜好は、彼女自身の監督作品ではあまり表面化して来ない要素ですが、『けいおん!!』(No Thank You!)、『映画けいおん!』『中二病でも恋がしたい』のED映像、或いは『Free!』第7話Aパートで凛が見る悪夢の描写などにその資質は見え隠れしているような気がします。それは本編の内容に直接関わらないED映像や、他監督の作品への「客演」のような時に発揮されるように思えます(勿論、『たまこラブストーリー』のEDにもその傾向は窺えます。コマ撮りを意識した映像はカナダのアニメーション作家、ノーマン・マクラーレンの実験映像を彷彿とさせるものです)。


彼女が本質的に持っているであろう先鋭的な表現志向と大衆的なポピュラリティとのバランス感覚は、私にとっては非常に興味深いものです。一見すると日常的で何ということのない描写であっても、その水面下にはピンと張り詰めたような凛然とした気配がある。だから山田監督の作る映像には観る者の視線を離さない訴求力があり、一枚の絵としての美しさと力強さがある。そこには隅々まで神経の行き届いた心地良い緊張感があり、表面張力のような強度が漲っている。それは私のような視聴者にとっては殆ど視線の悦楽を誘うもので、それらの源にあるのは、恐らく山田監督の内部で絶えず拮抗するアートとエンターテインメントとの絶妙のバランス感覚ではないかと思っています。


その山田監督に衝撃を与え、アニメーション表現の可能性に目を見開かせた『哀しみのベラドンナ』は虫プロ制作の作品であり、その虫プロからキャリアを始められた高橋良輔監督が『たまこラブストーリー』を新人賞に強く推挙され、今日のモデレーターを務められたというのは、とても偶然ではありえないような縁(えにし)であるということにあらためて気付かされます。

高橋 ちょっと自慢話になってしまうかもしれませんが、僕の出身の虫プロの話をさせてください*6虫プロはまず『鉄腕アトム』を作りました。当時のTVアニメーションは『ベラドンナ』のような動きとは全く違う止め絵に(口だけ動かす)口パクが当たり前でした。でも、そこから日本の30分もののTVアニメーションのシリーズが始まったんです。TVシリーズを毎週放映なんて考えられないと思われていた時代に突破口を切り開いたのが『アトム』だったんですね。1963年1月に放映開始。その時は『アトム』1本しかなかったのが、年内に4本まで増えました。ところが後から出てくる作品は更に刺激の強い要素を入れてきますから、『アトム』はどんどん視聴率を追い抜かれていく訳です。その内に手塚(治虫)先生は大人向けの長編作品に手を出すようになりました。その一本が『哀しみのベラドンナ』です*7。『ベラドンナ』はまったく子供向きではありません。日本のアニメーションは初めから(題材とする)テーマと(表現としての)モチーフに垣根がなかったんです。『アトム』は5年間の放映で250本くらいの話数があり、その内、手塚先生の原作は100本、残りの150本はオリジナルのシナリオでした。
山田 えー。
高橋 そのオリジナル作品は子供向けではない作家の方が書かれていました。つまり『アトム』は子供向けアニメーションのように見えて、テーマもモチーフも子供向けではない要素を初めから含んでいたんですね。このようにものすごく広がりのあるところから日本のアニメーションは発進したんです。その頃になかったのは、この『たまこ』のような作品でした(笑)。15年前でもまだなかったと思います。
山田 そうですか。
高橋 今回僕が新人賞に推したのは、まずこの作品が優れているからなんですが、(山田監督や京都アニメーションが)こういった分野を情熱的に広げてファンを獲得して、日本のアニメーションの広がりに寄与しているのではないかなと思ったからです。その到達点が『たまこラブストーリー』であると。そういう意味合いで評価させていただきました。
山田 ありがとうございます。そうか・・・そうかぁ(笑)。京都アニメーションはただただ実直に作ってきた集団なので、自然に出てきたものかもしれません。昔の日本のアニメとかは確かに大人っぽいですね。
高橋 題材は大人っぽいですね。表現は子供向けでも大人が問題にしなければならないようなテーマを扱っていました。


足のショットとホテルフジタと模型屋さん
高橋 話を『たまこ』に戻しますけど(笑)、作り手として『たまこ』を見た時、足のショットが多いですよね。身体の中の足だけではなく、足だけしか映さない、足によって表現させるシーンがものすごく多い。そうか、こういうのが僕らにはなかった表現なんだなと思いました。ちょっと僕もならっちゃおうかな(笑)。
山田 えー、ちょ!すいません、鼻血が出そうです(笑)。・・・目は口ほどに物を言うように足もそうだろうなと思っていて。足は机の下に隠れてしまって人に見えない部分なので、理性ではなくて本能が出てしまうところだと思います。恥ずかしかったら足をジタバタさせたり。そういうのがすごく見たいなと。
高橋 目は当然として、手や指を使った表現は前からありました。ただ足というのは、京都アニメーション以前では別の意味で使われていましたね。足の描写が作品の魅力を担っているのがすごい。足は京都に任せておいて僕は耳で表現しようかなとか、そんなことを感じました(笑)。うまく使われているなぁ。
山田 ・・・あの、今日は居酒屋とかのお話が出来るのかなと思って来たのですが、心構えがまだで、泣きたくなってきました(笑)。
高橋 (居酒屋といえば)もうなくなってしまいましたけど、昔、二条にあった「ホテルフジタ」*8というホテルが僕の京都での定宿で、そこから四条方面に向かって歩くと、ずーっと飲み屋さんが続いていまして(笑)。
山田 ありがとうございます(笑)。
高橋 「ホテルフジタ」には、昔は映画関係者がいっぱい宿泊していたんですよ。大物俳優の定宿になっていて、石原裕次郎さんや勝新太郎さんもスイートルームに泊まってましてね。勝新さんは倍率のいい双眼鏡で鴨川のカップルを眺めるのがお好きで、お付きの人が「イヤらしいことしないで下さい」と言ったら「何言ってるんだ!これは研究なんだ!」と言い返したとか(笑)。
山田 そこから撮影所に通われたんですね。
高橋 僕はスイートルームではない普通の部屋でしたけど(笑)、そんな訳であの川も僕は結構馴染みがあります。
山田 (飛び石を)渡られました?
高橋 はい。今でも大丈夫でしょうけど、たまこみたいにぽんぽんぽんっと飛んでみました。
山田 あれ、結構幅広いですよ(笑)。
高橋 あのロング(ショット)は絶対使うよなーとか(笑)。TVだったら画角の関係で小さくなるかもしれないけど、映画だったら作り手として絶対必要なショットだなと思いました。

たまこラブストーリー』より。飛び石のロングショット


山田 あそこは大好きなシーンです。あそこは、あー…(なにか言葉を見つけようとしている様子)、緊張が緊張を呼んで、あー・・・
高橋 あの
山田 はい!
高橋 商店街ですけど、やなぎ出町の・・・
山田 出町柳です。
高橋 あ、出町柳。僕はなぜか頭の中で南と北が引っ繰り返るんですよ(笑)。京都に限って上下というか、四条より九条の方が北に感じてしまう。
山田 数字が増えていくからですか?
高橋 原因は分かりません(笑)。で、あの商店街にいい模型屋があるんですよ。
山田 え、もくぎょや?
高橋 もけい屋さんです。仏具は揃ってそうですが(笑)。
山田 あ、模型屋さん!商店街を出て右側に行ったところのですよね!あ、分かります!
高橋 ここで盛り上がっちゃう(笑)。東京の人は寂しいかもしれませんが。
山田 行かれることがあればぜひ(笑)。
高橋 ガラスの中に機関車を置いてましてね。たまたま歩いていて発見したんです。僕は小中学生の頃まで模型少年だったんですよ。

(左)話題の模型屋「マツモト模型」さん
(右)桝形商店街の西口を出て右(北)へ50mほどのところにあります(赤丸)


(左)ウィンドウの中で一際目立つ機関車の模型
(右)看板もシャレています


山田 何の模型を作られていたんですか?
高橋 これを言うと色々まずいかもしれませんが、僕はプラモデルからダメになったんです。自分で木を切ったり鉄を削ったりして作るのが好きだったんですが、プラモデルの接着材に酔ってしまった辺りでダメになりました。でもその後、プラモデルで散々家計を支えてもらったので(笑)、悪口は言えません*9。2月8日にワンフェス*10へ行ってきました。マニアの熱気に酔いながら。お客様どうもありがとうございました(笑)。
山田 ワンフェスは企業とアーティストと両方出しているんですよね。一回行ってみたいです。すばらしいの沢山ありますよね。ワンフェス面白いのありました?あ、なんか話の方向が違ってきている(笑)。


「アニメーション制作は失敗も愛しい」(高橋) 「反省をすぐに活かせる」(山田)
高橋 話を戻しましょうか(笑)。先ほど控室でもお話したのですが、昔、とある地方都市に呼ばれた時に「こっちでアニメーションを定着させるためにはどうすればいいでしょうか?」*11と質問されたことがあって、これこれこういうことが必要でしょうと話をしたことがあったのですが、そこから進まなかったんですね。東京一極集中の傾向は強くて、やっぱり地方は難しいのかなぁと思っていたところへ、京都アニメーションが次々とヒット作を生み出してきました。ある意味、地方からの斬り込み隊長としての京都アニメーションのエネルギーが地方に飛び火すれば良いと思っています。地方からまた違う表現が出てきてほしいですね。
山田 少しずつですが富山の方だったり*12、四国の方だったり*13でスタジオが増えています。
高橋 そうですね。現場は徐々に増えています。ライバルはいた方が良いですよね。
山田 私はずっと京都アニメーションにいて、東京のアニメーターのお仕事を見たことも聞いたこともないんです。高橋監督はアニメーター出身なんですか?
高橋 虫プロへの入社はアニメーターとして採用されました。でも面接で一日8時間以上、机の前に座っていないと務まらないと聞いてギブアップしたんです。
山田 えー(笑)。
高橋 じゃあ、他にアニメーターとしての素養を活かせる仕事はないですかと聞くと、今後は演出の仕事が重要になるからということで、1年間くらい制作進行をやってから演出に移りました。アニメーターは専門的には一回もやっていません。絵を描くのは好きでしたがノートの端っこに描くくらい。アニメーションの仕事の内容が広がってきて、アトムを描けなくてもアニメーション制作に関われるようになってきました。だからガンダムとか、自分のボトムズも僕は描けません(笑)
山田 えー、そうなんですか?さっき描いていただきましたが(笑)。
高橋 山田さんはアニメーターが最初ですか?
山田 元々はそうです。アニメーターとして入社して、動画をやって原画をやって演出ですね。
高橋 辛くなかったですか?ずっと座りっぱなしでしょう?
山田 座るの大好きなので全然大丈夫でした(笑)。
高橋 今、僕が行っている大学でアニメーションをやろうという人が70人くらいいて、常時出席しているのが30人くらいで。
山田 ふふふ(笑)。
高橋 その中に人と話すのが非常に苦手で、でも絵を描くのがものすごく好きな子がいて、そういう子が面接で落ちてしまう。僕に言わせれば、この子を落としてどうするんだと。15時間くらい平気で座って絵を描いているようなアニメーションの申し子のような子なんですよ。長く続けていれば他にも興味が湧いてきて人とも繋がれるようになるはずです。アニメーションの一番ベースとなるアニメーターをもっと増やしたいですね。
山田 本当にそうです。アニメーターの人は大事です。やりがいのある仕事ですよ。作って出来上がっていく過程を見ていられるのは作り手冥利に尽きます。
高橋 多分、飛行機を作っている人も楽しいと思うんですが、それよりも遥かに自分の作っているものが自分の手の中にある感覚が強い。他の業界もそうなのでしょうが、アニメーションは特にそうだということを声を大にして言いたいですね。
山田 そうですよね。監督とかもいますけど、みんなが頑張ってみんなが作っていて、分かりやすいというか、なんでしょう・・・ああ、また分からなくなってきた。スキップしてもらっていいですか?(笑)
高橋 アニメーションは「出来ちゃった」というのは少ないですよね。どうしたって自分で作り出さないと。アニメーション制作は失敗も愛しいことがありますね。
山田 すぐにトライできますし。反省をすぐに活かせますし。
高橋 反省・・・活かしたことあったかな?(笑)
山田 やんちゃなことも出来ますし。
高橋 僕はアニメーションであんなことやこんなことが出来ないかなと、アニメーションで表現できる世界をもっと広げられたらなといつも考えています。僕はオリジナル・アニメーションが多いので、5年ないし7年に1本くらいのペースでしか作れません。オリジナルをやるのは、なるべくアニメーションで「こんなことも出来ます」というのを見せたいからです。ディズニーだって一生懸命新しいことをやろうとしているけど、どうしても「ディズニーの作品」という方向性が決まってしまいますよね。でも日本のアニメーション事情だと、もうちょっと実験できます。失敗に寛容だし、エネルギーさえあればまたチャレンジできる。これからもこういうことがエンジンになって、日本のアニメーションはエンターテインメントの一角を担っていくんだろうと思います。
山田 (ものすごく小声で)頑張ります。
高橋 僕も来年くらいにはアニメーション制作に戻れると思います。あ、今、主催者から山田監督への質問を客席の皆さんから受けてほしいとのことですので、質問があればお願いいたします。


客席とのQ&A
Q1 みどりちゃんが好きなのですが、ちょっと可哀想かなと思いました。その辺についていかがでしょうか?
山田 可哀想・・・でしたか。(高橋監督に向かって)可哀想に思われましたか?
高橋 ひょっとしたら、みどりちゃんは彼のことをたまこと同じくらいに思っていて、それに気付いているような気付いていないような。でも、たまこを飛び抜いてという訳にいかないし、そちらにドラマの重心を持ってきてしまうと違う話になってしまう。そこで「可哀想かな」ということも感じさせつつ「みどりちゃん、いいじゃん」というところで終わらせている感じがいいなと。映画は後味の良さが一番なんです。みどりさんの後味も良かった。僕が言ってもしょうがないので作り手からどうぞ(笑)。
山田 後味の良さは大事ですね。みどりちゃんは大事にしたかったので、最後に笑顔になれて良かったと思います。彼女は「思春期の微熱」なので、あの時にしか感じられないものが彼女を通して伝わればと。とても大切にしたいキャラです。

高橋監督の発言を聞いて「おや?」と思われた人は多かったはずです。高橋監督はみどりがもち蔵へ恋心を抱いており、親友のたまことの友情の間で板ばさみになっているという三角関係の物語と解釈されているからです(「ひょっとして」と仰っていたので断定的ではありませんでしたが)。TVシリーズや小説版『たまこラブストーリー』の内容を知る者にとっては、そうではないことは自明のことなのですが、その前提情報を一切抜きにして映画『たまこラブストーリー』だけを観れば、高橋監督と同じように受け止める人が少なからず存在することを、私は映画公開当初、Twitterに上がってくる感想の数々で知りました。ということは、むしろこうした多義的な解釈ができるように、みどりの台詞や表情に意図的に曖昧な余地を残しているのかもしれない・・・などと邪推したくなってきますが、ここではこれ以上深入りはしません。

Q2 『たまこ』の魅力は女の子たちの友情関係だと思います。『けいおん!』のHTT(放課後ティータイム)も友情や繋がりの物語でしたが、『たまこ』の繋がりはHTTよりも艶めかしさや湿度が高いように感じられます。最初から『けいおん!』とは違うものにしようと考えられていたのでしょうか?
山田 HTTって久しぶりに聞いて新鮮です(笑)。『けいおん!』の子たちは原作からすごくいい意味でドライで、お互いに分かり合って信じ合っていて、ツッコミを入れてくれるのが分かっているからボケられるというようなところがあって、ちょっとドリフターズのコントをイメージしていましたが、『たまこ』ではまた違う女の子たちを描きたいということで、制作の初めから作画監督の堀口(悠紀子)さんとも、この子たち湿度高いですねって話をしていました。でもどっちも本当なんです。『けいおん!』のHTTのようなガッチリした繋がりもそうですが、たまこたちのような隙間があるようでいて深く繋がっている関係も本当だと思ってチャレンジしてみました。…HTT、HTT(笑)。
高橋 学園ものはやっぱり"放課後"がメインですね。
山田 そうですね。


Q3 『たまこ』は商店街という地域共同体との繋がりを描いています。『けいおん!』では原作に親を出さないという方針があったそうですが、『たまこ』では親との関係が描かれました。キャラクター造形に当たって、その背後にある共同体や家族との関係性を描かなければならないといったような意識はあったのでしょうか?
山田 キャラクターと付き合っていく上で、絵に描いたような女の子にはしたくなかったんです。その子たちのバックボーンはとても大事だと思っていて、家族や友達や社会との付き合い方の中で、家族にはこういう話し方をするけど友達に対してはこういう話し方をするとかが見えてこないと私はすごく気持ちが悪いんです。更にその周囲にいる商店街の大人たちとの距離感や付き合い方も大事だし、それを描くことは必要だと思いました。


Q4 今日はアトムやジブリのお話もありましたが、他の作品からの影響やライバルとして意識されているクリエイターや作品はありますか?
山田 この仕事につくまでは誰の何の作品が好きとか色々ありましたが、いざ自分が演出を始めた頃から、物を作る人全員が憧れになりました。商業作品であってもアート作品であっても、外に向かって表現する力を持ったものはどんな形であれ素晴らしいと思っています。個人で誰かというのではなく、作っている人みんながライバルであり憧れです。綺麗事を言っているみたいに聴こえるかもしれませんが、「作っている人はみんな凄い!」と今はそんな風に思っています。


高橋 では、最後にまとめるような感じになりますが、作り手でいて幸せですか?
山田 ものすごく幸せです。
高橋 僕も作り手でいることを幸せに思っている人とお話しできて嬉しかったです。また今後も良い作品を作ってください。では皆さん、最後に応援の意味を込めて、山田監督に盛大な拍手をお願いします。

トークショーは16:45に終了。きっちり45分間のトークでした。


審査委員である高橋良輔監督がモデレーターを務められたことで、図らずも日本のアニメーションの黎明期から今日に至るまでの歴史を概観し、その中で『たまこラブストーリー』をどのように位置づけるのかといった興味深い視点のお話を伺えたことは大きな収穫でした。また高橋良輔監督が、終始「アニメ」ではなく「アニメーション」と仰っていたのが印象的でした。狭義のTVアニメを包含するもっと広大な表現技法としてのアニメーションを見据えていらっしゃるからこそ出てくる言葉遣いのように思えました。山田尚子監督は、業界の大先輩を前によほど緊張されていたのか、いつにも増して言葉がうまく出て来なくて困っていらっしゃる様子でしたね。本当にお疲れ様でした。


シネマート六本木のトーク・ショーと同じ日、近隣の国立新美術館で開催中だった第18回文化庁メディア芸術祭の展覧会へも足を運び、『たまこラブストーリー』の貴重な絵コンテ・原画・背景美術画などを見てきました。場内は写真撮影OKだったので、これらについては機会があれば別の記事としてまとめたいと思います。


最後の写真は、山田尚子監督の新人賞受賞を祝して、うさぎ山商店街≒出町桝形商店街の皆さんがアーケードに掲げた監督への祝福メッセージです。


山田尚子監督。新人賞受賞、本当におめでとうございます!


(2015/2/15 記)

*1:会場のシネマート六本木は2015年6月14日をもって閉館されるそうです。→ http://www.cinemart.co.jp/theater/pdf/20150129_roppongi.pdf

*2:京都アニメーション第1スタジオのこと。

*3:言うまでもなく京都アニメーションの『AIR』『Kanon』『CLANNAD』『涼宮ハルヒの憂鬱』『中二病でも恋がしたい』etc.の監督。2015年4月放映の監督作品『響け!ユーフォニアム』では、シリーズ演出担当として山田尚子さんがクレジットされています。

*4:高橋監督は、大阪芸術大学キャラクター造形学科の教授です。

*5:フランスのアヌシーで開催されるアニメーション専門の国際映画祭「アヌシー国際アニメーション映画祭」のこと。1960年にカンヌ国際映画祭からアニメーション部門を独立させて設立されました。

*6:高橋良輔監督のアニメーション業界の最初の第一歩が虫プロへの入社でした。

*7:虫プロ制作の大人向け長編アニメ映画は『千夜一夜物語』(1969年)、『クレオパトラ』(1970年)、『哀しみのベラドンナ』(1973年)の3本のみです。ただし『哀しみのベラドンナ』に関しては、手塚治虫はノータッチだったとのことです。

*8:ホテルフジタ京都は2011年に営業終了。跡地にはリッツカールトンの進出が予定されています。http://bb-building.net/tatemono/kyoto/k079.html

*9:ロボット・アニメは玩具メーカーがスポンサーについてタイアップ商品を出すのが通例でした。今も基本的に状況は同じですね。

*10:ガレージ・キットの展示販売イベント「ワンダーフェスティバル」のこと。

*11:町おこしやスタジオ招致などの意味合いだと思います

*12:P.A.WORKSのこと

*13:ufotableのこと