【レポート】『四畳半神話大系』トーク・ショー:森見登美彦氏(原作)×上田誠氏(脚本)~宇宙、京都、四畳半~(その1)

さる11/5(土)、京都文化博物館アニメ『四畳半神話大系』の原作者:森見登美彦氏と脚本家:上田誠氏のトーク・ショー「宇宙、京都、四畳半」が開催されました。

これは先日(11/3)の京アニ・スタッフ座談会に引き続いて「文化庁メデイア芸術祭 京都展 ~パラレルワールド~」の企画の一環として開催されたトーク・イベントで湯浅政明監督のアニメ『四畳半神話大系』が2010年度文化庁メディア芸術祭アニメーション部門においてTVアニメとしては史上初の大賞を受賞したことを受けて、文博側の熱烈な要望で実現の運びとなったのだそうです*1。今般の企画全体のテーマである"パラレル・ワールド"に相応しい絶妙のセレクトと言えるでしょう。

監督の湯浅政明氏やキャラクター原案の中村佑介氏の参加がなかったのが少し残念でしたが、ご自身もアニメ版の放映を毎週楽しみにされていたという原作者の森見さんと、小説の構成要素を巧みに換骨奪胎し、時にオリジナルを交えた高密度のシナリオを書き上げた脚本の上田さんとの対談です。楽しみでない訳がありません。この傑作が誕生するに至った経緯や、創作秘話を直接聞くことの出来る絶好の機会だとイベント告知の頃からずっとワクワクしていました。



まずはお二人のプロフィールを紹介しておきましょう(敬称略)。

森見登美彦
小説家。『太陽の塔』『夜は短し歩けよ乙女』『四畳半神話大系』『有頂天家族』『ペンギン・ハイウェイ』など著書多数。


上田誠
劇作家、演出家、脚本家。「劇団ヨーロッパ企画」主宰。京都を中心に活動中。ヨーロッパ企画の舞台を映画化した『サマータイムマシン・ブルース』『曲がれ!スプーン』などの実写映画の脚本も手掛けている。アニメの脚本は『四畳半神話大系』が初めて。

上田氏が主宰する「劇団 ヨーロッパ企画」は、同志社大学の学生を中心に結成された演劇集団で、京都に住む私は色々な媒体を通じて以前からその名前だけは聞き及んでいました。とりわけタイムマシンを巡るドタバタ喜劇『サマータイムマシン・ブルース』は傑作と名高く、同作は舞台公演の後に本広克之監督(『踊る大捜査線』『UDON』等)によって映画化もされています(2005年公開)。

私はこの映画版で初めて本作を観たのですが、「クーラーのリモコンを巡るバカバカしくも壮大な物語」にはすっかりハマってしまいました。こういう下らないネタを綿密に構築するお話は大好きです。この映画版の脚本も上田氏の手によるものでした。ヨーロッパ企画の役者さんも出演されており、アニメ『四畳半神話大系』にも何人か声優陣に起用されています*2


小雨のそぼふる土曜日の昼間、本館フィルム・シアター前に集まった人たちは、森見さん人気を反映してか6:4で女性比率が高く、9:1で圧倒的に男性比率の高かった一昨日とは対照的な客層です。恐らくアニメ『四畳半神話大系』を見たことがないような原作ファンも多かったのではないでしょうか。

当然のことながら、開演中は撮影禁止なので、この写真はトーク・ショーが始まる前のものです。ステージに向かって右側が森見氏、左側が上田氏。京アニ・スタッフ座談会とは異なり、司会進行役は置かずに最後まで2人だけの対談です。


余談ですが「宇宙、京都、四畳半」というタイトルは、恐らくフィッシュマンズの名盤 『宇宙 日本 世田谷』からの引用だと思います。ジャパニーズ・ダブ・ポップの異才であった彼らの活動は、佐藤伸治氏(Vo.Gt.)の突然の他界によってその活動に終止符を打ちましたが、その高度な音楽性が到達した表現領域は比類のないもので、オリジナル・アルバムとしては最終作となった『宇宙 日本 世田谷』は彼らのキャリア最高傑作と言うに留まらず、1990年代の日本のオルタナティヴ・ロック・シーンが生み出した記念碑的アルバムとしてその評価は今も揺るぎません。活動停止から10余年になろうというのに、今なお新たなファンを生み出し続けていることが、彼らの音楽の先見性と普遍性の高さを物語っています。


今回のトークショーにこのタイトルを冠したのが誰なのかは知りませんが、個人的に強い思い入れのあるタイトルだけに、ただでさえ高まる期待は更に増幅されて開演前からテンションは倍増。しかしその熱い思いは、上田氏の「えー、『宇宙』は大層なので横へ置いといて(笑)、残り2つだけ喋りましょうか」の脱力コメントであえなく雲散霧消。緊張しているという森見氏を上田氏が終始リードする形で対談は始まりました。


以下は、私が採録したメモを元に会話を再構成したものなので、実際の言葉遣いはこれとは若干異なる部分があります。ニュアンスを変えるようなものにはなっていないはずですが、その点はあらかじめご了承下さい。



森見登美彦氏(原作)×上田誠氏(脚本)トーク・ショー「宇宙、京都、四畳半」(13:35~15:07)

ご両名を紹介するアナウンスの後、シアターの後ろからおもむろに登場。万雷の拍手を受けながら、スクリーン前のテーブルに着座。観客は皆、固唾を呑んで見守っています。

■出会いは「四畳半」ではなかった

上田:
なんか思ったより厳粛な雰囲気で・・・(笑)。まあ、ざっくばらんに行きましょう。


森見:
今日はよろしくお願いします。


上田:
脚本の上田誠です。ここから本当に2人だけなんですよ。(振り返ってスクリーンを見上げながら)「宇宙、京都、四畳半」というテーマなんですが、宇宙は大層なんで横に置いといて(笑)、作品の話と京都の話ですかね。えー、では何から話しましょう?今日は皆さんから質問をいっぱい貰っているんですが、出来るだけそれには頼らずに最後まで頑張ろうかと。


森見:
すいません。僕がカチカチになってまして。


上田:
2人の出会いは 実は『四畳半神話大系』ではないんです。別の作品で映像化の企画が持ち上がった時にお会いしたのが最初です。作品名を言っていいのかな?『夜は短し歩けよ乙女』ですね。


森見:
当時は上田さんのことは存じ上げませんでした。木屋町のレストランで初めてお会いしたんです。四畳半のアニメ化よりもっと前です。


上田:
僕は森見さんの本を読んでいて、森見さんも『サマータイムマシン・ブルース』を観て頂いていたんですね。


森見:
ええ、でも上田さんの作品とは知りませんでした。


上田:
その頃、僕は四条大宮に住んでいて・・・。


森見:
僕は四条烏丸のそばに住んでました。数100mの距離にいたと(笑)。書く時はあの辺の喫茶店を転々とされていたと聞きました。


上田:
以後、チラチラお姿をお見かけするようになりました(笑)。お互いのレイアーが重なってたんですね。で『夜は短し』の企画が流れた後、今度は『四畳半』のアニメ化の話が僕のところに来たんです。前回の流れがあったからこその引き合わせだったんでしょう。

■なぜ『四畳半』をアニメ化?

森見:
『四畳半』のアニメ化の話が来た時、なんで『四畳半』なんかなと思いました。もうちょっと華やかなものも書いているのに(笑)。


上田:
僕も正気の沙汰じゃないと思いました(爆笑)。一番アニメ化しにくそうな題材でしょ? 森見さんから出た話じゃなかったんですか?


森見:
自分の小説の映像化は流れに任せています*3。それで、湯浅監督のそれまでの作品を見させて頂いて、ちょっとビビってしまった(笑)。サイケデリックというか何というか*4。『四畳半』という小説はくすんだような作風で、伏線が錯綜して面倒くさい物語なんです。これをどうまとめ直すんだろう、湯浅さん大丈夫?と(笑)。でも上田さんが脚本を担当されると聞いて、きっとやって下さるだろうと思いました。


上田:
僕の『サマータイムマシン・ブルース』もパズル的なストーリーなんですが、その手の話を整理するのは得意なんですよ。でも湯浅監督の作品は、そのなんというか、四畳半の部屋同士がくっついてロボット化するとか地下プロレスやるとかって(笑)、そんな展開が実際に初期のアイデアの中にあって「うわーっ」て思いました。動きのある作風が得意な方なんですね。


森見:
そもそも『四畳半』の主人公は、やいのやいの言う割には動かないんです。


上田:
心の中は忙しいんですよね。アニメを見ると、写真を使ってくすんだ雰囲気を出して、妄想の中ではカラフルな色を使っていて面白いと思いました。最初はどうなるかと思ってましたが(笑)。


森見:
細かく監督とやりとりはされたんですか?


上田:
最初の打ち合わせで監督と2人で話をしたんですけど、お互いの話が全く盛り上がらない。無理問答くらい全然噛み合わない(笑)。見ている周りの人が心配して、いや、あれはきっとバトルシーンで達人の技がお互い速過ぎて見えないみたいなものじゃないかって(爆笑)、でも実は単に噛み合ってないだけという(笑)。
今思えば、森見さんが僕と監督の発想との間の接着剤みたいな感じになっていました。原作に付箋を貼りまくって監督の目に付くような場所に置いとくんですよ。「僕が原作を守ってるんだ!」というアピールをしてまして。ここだけは原作を活かしてほしいと思うところは、森見さんの文章を損なわないように注意しました。アニメは最初どの時点でご覧になりました?


森見:
シナリオは前もって貰っていましたが、あれ読んでも分からないんですよ(笑)。毎週TVで深夜にリアルタイムで観るのをモットーにしていました。OPで「原作 森見登美彦」ってドーンと出るじゃないですか。最初にタイトルが来て、その次に自分の名前が出て「おおっ」と(笑)。それを見て妻がTVの前で拍手するんです(爆笑)。

四畳半神話大系(OP):自分の名前がドーンの一瞬。


上田:
あれ、画面速いって思いません?


森見:
うちの母が「見えない」って言ってました。あんたの名前どこで出てたんやって(笑)。


上田:
角を曲がる手前でいきなりバッと出るみたいな(笑)。あれは10話の伏線でもあるんです。


(【その2】へ続く)
→その2

*1:角川書店アスミック・エース エンターテインメントに間に入ってもらう形で実現に漕ぎ着けたとのこと。

*2:対談中にも言及されましたが、『四畳半』での胡散臭い教祖役の演技は絶妙のハマり具合でした。

*3:自分からリクエストはしないという意味

*4:この発言から察するに、森見さんがご覧になったのは湯浅監督の傑作映画『マインド・ゲーム』辺りではないかと思われます。同映画は今回の『四畳半神話大系』と同じく文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で2004年度の大賞を受賞しています。