【舞台探訪】『氷菓』:キービジュアルの背景、および原作の舞台探訪を少々

京都アニメーション(以下、京アニ)が手掛ける新作TVシリーズの名は『氷菓』。
原作はミステリ作家の米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)氏です。


2011/11/3に京都文化博物館で開催された京アニスタッフ座談会の席上で、武本康弘監督(『涼宮ハルヒの消失』等)は「京アニの次回作はキーワードに『み』のつくジャンル」と発言されています。これがミリタリーなのかミステリなのかを巡ってファンの間では様々な憶測が成されましたが、結局"ミステリ"であることが確定した訳です。


放映日はまだ未定ですが、先日(2011/12/23)、京アニの公式ホームページでテイザーサイトがオープンし、キー・ビジュアルが公開されました。

TVアニメ「氷菓」キー・ビジュアル(京アニティザーサイトより)


今回はこのキー・ビジュアルで描かれた背景についての考察と、原作小説の舞台探訪(ただし手始めのレベル)の報告です。
なお「氷菓」はミステリなので、以下の記事では物語の内容について言及することは極力差し控えます。原作未読の方もご安心下さい。



小説『氷菓』は、ミステリと言っても殺人事件が起こるようなものではありません。例えば北村薫の作品がそうであるように学園内で起こる様々な謎を解決する青春ミステリの系譜に連なるもので、主人公の折木奉太郎(おれき・ほうたろう)や千反田える(ちたんだ・える)が所属する「古典部」が物語の主な舞台です。


古典部」を巡る一連の<古典部シリーズ>の作品群の内、『氷菓』は記念すべきシリーズ第1作目に当たり、実はこれが米澤氏のデビュー作です。現在、同シリーズは『氷菓』に続いて、『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』『遠まわりする雛』『ふたりの距離の概算』の計5作品が刊行されています*1

氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

愚者のエンドロール (角川文庫)

愚者のエンドロール (角川文庫)

古典部シリーズ>の舞台が、米澤氏の出身地である岐阜県高山市(一部、旧神岡町)であるということはファンの間ではよく知られており、小説の舞台探訪の記事もネット上で幾つか公開されています。そういうこともあって、私はアニメ版の『氷菓』も高山市近郊の風景が舞台背景として描かれるだろうと確信していました。


ところがキー・ビジュアル公開直後、唐突に「背景は京都の亀岡」という情報がまことしやかにネット上に流布し始めたのです。私は「アニメ版の舞台も高山」と固く信じていたので、その情報に面喰い、慌ててニュースソースの出所を調べ始めました。すぐにまとめサイト「はちま起稿」の記事が情報の発信源であり、当該記事へ寄せられた「52.京都の亀岡だよ」という短いコメントがすべての発端であることが分かりました。ただしそれ以上の説明は何もありません。そもそも「亀岡」であると断定した根拠がどこにも書かれておらず、この時点で信憑性の低いガセ情報である疑いが濃厚になっていました。


ちなみに私が原作だけでなくTVアニメ『氷菓』の背景も高山市で"なければならない"と考えている論拠は以下の通りです。

1.11月3日の京アニスタッフ座談会で武本康弘氏は、アニメで描く背景の場所については「原作物の場合は原作者に確認する」「原作者の考えに沿ったものにしている」と発言していること。


2.その武本氏が『氷菓』の監督であること。


3.上記1.の発言内容は、時期的に見て『氷菓』の制作に着手し始めた時期であろうことは想像に難くなく、従ってこの発言も『氷菓』のロケ地選定が念頭にあったと推測されること。


4.<古典部シリーズ>が高山市を舞台にしていることは原作ファンにとって周知の事実であるため、余程の事情がない限り、原作の趣旨に沿わない舞台改変は考えられないこと。

これら4つの根拠を綜合し、かつ同作の舞台が『涼宮ハルヒ』シリーズと同様、原作者自身との関わりを濃密に反映したものであることを考慮に入れると、『氷菓』のメインの舞台となる学校の場所も自ずと浮かび上がってきます。では、その場所をGoogle Mapで見てましょう。


現役の学校であるため、校名・住所の公開、および地図情報のリンクは控えさせて頂きます。

見ると校内の敷地内を一本の道路が真っ直ぐに横切っていることが確認できます。キー・ビジュアルの画面右側に見られる電柱と安全ネットはグラウンド、左側の桜の木は恐らく校舎の周辺を取り囲む桜並木の一部であるとするなら、地図上に記した赤い矢印の方向に見た風景がキー・ビジュアルのそれであると推察できます。またキー・ビジュアルの画面奥で大きく右に向かって曲折している道路の地形も地図と合致します。


この場所が私有地か一般道路であるかまでは地図上からは判断がつかないのですが、とりあえずキー・ビジュアルの背景は「亀岡」などではなく「高山」のこの場所に間違いないと確信し、暮れも押し迫った12/30に雪深い高山まで日帰りで行ってきました。
結論を先に言うと、高山のこの場所で間違いありませんでした。


では順番に写真をご紹介致しましょう。

先述した通り、当該舞台は現役の学校であることから、学校名・住所・地図情報の公開は差し控えます。また場所を特定できるような画面内の情報も、極力マスキング致します。既に私が言及した情報から特定は可能ですので、関心のある方はご自分でお調べ下さいとだけ申し添えておきます。ただし現地訪問の際は、周辺地域の迷惑となる行為だけはくれぐれも慎んで下さい。


写真はいずれも2011/12/30(金)岐阜県高山市にて撮影
■TVアニメ『氷菓』のキー・ビジュアルと現地写真との比較
キー・ビジュアルの撮影に当たっては、やや後ろに下がった位置からズームで引っ張る形になります。このマンホールの辺りが立ち位置の目印です。具体的な場所について言及していないので「なんのこっちゃ」という感がしないでもないですが、現地で撮影される機会があれば「なるほど」とご理解頂けるはずです。

キー・ビジュアル右側の一番手前の電柱には配電盤らしきものが取り付けられています。なぜこの電柱に限ってこのようなものがあるのかと見上げてみれば、すぐに答えは見つかります。グラウンドのスタンド(照明)のためなんですね。

これは校門から出たところ。ホータローやえるが下校時に目にする風景はこんな感じなのでしょうか。

またキー・ビジュアルの奥の方の右側へと折れ曲がる道の向こうには、このような風景が広がっています。

それから、絵に一際華やかな印象を与えている満開の桜。やはり校舎を取り囲むようにソメイヨシノの樹が並んでいました。この場所は、桜満開の頃に再訪したいですね。

以上がキー・ビジュアルを巡る探訪報告です。
実在する現役の学校ということもあり、所在地・校名・地図の情報、及び校舎の映像の公開を差し控えた関係上、いささか歯切れの悪い探訪記事となりましたがご勘弁下さい。


アニメ放映開始後、この場所がどの程度、具体的に取り上げられることになるのかは分かりませんが、現地取材に当たっては学校関係者および地域住民の迷惑にならないよう慎重に進めて行くことが肝要かと思われます。



■原作小説の舞台探訪
さて、以下は原作である小説版の舞台探訪です。


といっても、今回の高山での滞在時間は4時間程度。しかも原作版の充分なリサーチが出来ていない状況ということもあり、ある程度まで舞台として認知されている場所のみ探訪することにしました。今回はあくまで手始め。もう少し情報を収集してから、春になるまでにもう一回原作探訪をして来る予定です。個人的にはホータロー行きつけの喫茶店「パイナップルサンド」、茶房「一二三」のモデルを知りたいところですが、小説内の記述からでは具体的にイメージ出来ないので、こればかりはアニメ版の放映を待つより他ありません。


・千反田邸のモデル?
原作の『氷菓』でヒロイン千反田えるの自宅のモデルではないかと推測されているのが、ここ「観光旅館 四反田」さんです。

【注意】旅館が背景モデルである場合、敷地内に無許可で踏み込んでの撮影は厳禁です。絶対にしないで下さい。


原作には以下の記述があります。

「(千反田えるは)里志によれば、神山市*2北東部に広大な農地を擁する旧家の娘だそうだ。」
『やるべきことなら手短に』p.12(角川文庫『遠まわりする雛』所収)


「神山市の市街地を抜け、道なりに北東に向かうと、やがて長いだらだら坂にさしかかる。(中略)広がる平野の奥に、まばらな家々とはちょっと風格が違う白塀に囲まれたお屋敷があるのが見て取れる。庭に堂々と植わっていた松も見える。あれが千反田の家だ。」
遠まわりする雛』P.349-350(角川文庫『遠まわりする雛』所収)


「広大な田圃の中に建つ千反田家は、なるほどお屋敷と呼ぶに相応しかった。日本家屋らしい平屋建てが、生垣に囲まれている。(中略)外からは綺麗に刈り込まれた松しか見えない。大きく開かれた門の前には、水打ちがしてあった。(中略)門をくぐり飛び石を踏んで、玄関先のベルを鳴らす。」
氷菓』P.135(角川文庫)

これらも含めた千反田邸の描写に見られる立地的・距離的な条件を満たしており、かつ名前も酷似していることから、"豪農千反田家"のモデルはここだろうというのが、幾つかの小説版舞台探訪サイトの共通見解です。ただしアニメ版では別のモデル地や建物を選んでくる可能性もある(京アニは建物モデルと位置モデルが別であることが多い)ので、現時点では小説版に限ってという前提になります。


以下は観光旅館 四反田さんの外観です。「生垣に囲まれている」という辺りは若干異なっているようですが、平屋建てである点は一致します。


周辺はこの通り、何もありません。
高山市内からは約7~8kmの距離があり、車でも10分程度かかります。

小説内の記述によると、千反田えるはここから自転車で通学しているようなのですが、とても信じられない!大した脚力です。


・恋合病院のモデル?
愚者のエンドロール』の登場人物、入須冬実の実家である恋合病院のモデルとされるのが「久美愛(くみあい)厚生病院」です。

原作の記述を拾ってみましょう。

「恋合病院は神山市で、日本赤十字病院に次ぐ規模を誇る総合病院。神山高校からは徒歩五分の位置にあるので、この学校で怪我を負った者はまずそこに行く。」
愚者のエンドロール』P.67-68(角川文庫)


「俺はいつもの道を自転車で走り、神高を目指す。徒歩でも二十分の道だ、(中略)しばらく川沿いに進み、病院の脇を折れれば正面に神高が見えてくる。」
氷菓』P.127(角川文庫)

上述の通り「病院の脇を折れ」たところがここです。

こちらは病院の真向かいにあるコンビニです。

病院前の道が通学路の一部であるならば、恐らく道中にある唯一のコンビニでしょう。『愚者のエンドロール』のP.21には、「折角用意のコンビニ弁当を食べていくことにする」という記述があるので、案外ここで購入したのかもしれませんね。アニメ版に登場するかどうかは不明ですが・・・。


折木奉太郎の家の周辺?

上述の通り、主人公の折木奉太郎は、学校まで「二十分」の距離を「川沿い」に「徒歩」で通学しているようです。その条件なら、この周辺がホータローの家のある辺りということになります。彼が普段通学時に見ている風景は大体こんな感じなのでしょうか?



氷菓』のTVアニメ化に際しては、第1作である表題作『氷菓』のみを対象とするのか、それとも『涼宮ハルヒの憂鬱』がそうであったように、連作物である原作シリーズを『氷菓』のタイトルの元に順次アニメ化するのかは現時点では不明です。ただ第1作『氷菓』だけでは物語的なフックが弱く、視聴者を次回へ繋ぎとめるだけのサスペンスに乏しいというのが正直な印象ですので、その意味ではシリーズ第2作目の傑作『愚者のエンドロール』や、短編集『遠まわりする雛』の各編(表題作はビジュアル的にもアニメ向き)をも含めた<古典部>シリーズ全体でのアニメ化を個人的には希望します。


いずれにせよ原作ファンである私にとっては、今一番楽しみにしている作品です。
TVアニメ放映開始後(2012年4月?)は、足繁く高山に通うことになるかもしれません。


(2011/12/31 記)


追記:
その後、第4話の放映で上述の千反田邸の推論の一部はガラガラと崩れ去ることに・・・。いや、「京アニは建物モデルと位置モデルが別であることが多い」という予感の方がむしろ当たっていたようで。
詳しくはこちらの記事【千反田邸でお茶を ~加茂荘探訪記(@静岡県掛川市)】をご一読下さい。


(2012/06/05 記)

*1:2011年12月時点で前4作は角川文庫所収、『ふたりの距離の概算』のみ単行本にて入手可能

*2:高山市と推定されています。