【舞台探訪】『たまこまーけっと』:第2話 ~「星とピエロ」のマスターは渋谷系?

TVアニメ『たまこまーけっと』第2話の舞台探訪の記事です。例によって後半に解説をまとめました。

  (左)うさぎの着ぐるみのたまこ         (右)物思いに耽るみどり


当ブログにおける『たまこまーけっと』の舞台探訪の記事は、基本的に一度掲載した場所や店舗については、少々のアングル違いであれば取り上げないことを基本方針とします。これは『たまこまーけっと』が物語の特性上、商店街と学校に舞台が集中することは必定であって、そこにこだわると同じような写真のオンパレードになるからです。


ただし演出意図を考察する上で興味深いと思われるアングルについては、既出の同一ポイントでも取り上げることにします。その基準はあくまで恣意的なのではっきり言って適当ですが。その点をあらかじめご了承下さい。
では第2話の記事です。


【舞台探訪】 第2話
Aパート
01 京都聖母学院近く


やや分かりにくい場所ですが、学校の正門の少し手前(南側)です。植え込みの緑は実際には存在しません。そのため、続く以下の場面(画像右)も現実にはありません。


02 『さが喜』正面


手持ちのコンデジの広角では到底収まりませんでした。これは複数枚の写真を強引に結合したものです。お陰で歪みまくっています(すみません)。左側は『井上果物店』さんです。
取材中、『さが喜』のご主人にNo.03のキャプをお見せしたところ、店頭に描かれている蛸を指して「ちょっと前まで吊ってましたんやで」と言って持ってきて下さったのが、こちらの蛸の絵。

魚屋の「さしみ」のモデル『さが喜』のご主人の井上さん。商店街の理事長さんでいらっしゃいます(※顔出しの許可は得ています)。


これは近所の幼稚園の子供たちが描いてくれたものだそうです。京都アニメーションが取材に来た当時は、これを数珠繋ぎにして店頭に飾っていたとのことで、ご主人曰く「うちの店(さしみのこと)に蛸の絵が描かれているのは、その時にこれを見はったからやないですかね」とのこと。なるほど。


03 『ふじや鰹節店』(東向き)


04 『いづもや』前


店頭撮影に当たっては、必ずお店の人の許可を得てからにして下さい。『いづもや』の奥さんは大変気前の良い方なので、快く了承していただけます。出来ればお礼に豆腐の一丁でも買っていきましょう。木綿も絹ごしも大層美味です。


05 同上


奥の風景が見えやすいようにややアンダー気味に撮っています。


06 同上


この後、「うさ湯」で開かれた商店街の会合場面になるのですが、モデルである『錦湯』への取材は多頻度で行うべきではありませんので、今回は「うさ湯」カットは割愛します。


Bパート

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07 商店街西口


08 『満寿形屋』前


右側の緑の庇は『肉の忠よし』さんのもので、"Me"と見えているのは"Meat"の一部です。ちなみに店内は以下の写真の通りで、劇中のようなカウンター席はありません。テーブル席のみです。お品書きも違います。


09 同上


右側の吊り看板の位置と合わせるためには、フードショップ『ゑびすや』の前くらいまで移動しなくてはなりません。


10 同上


11 魚屋『久喜』前


12 同上


13 同上


14 同上


15 同上


16 『ちびから本舗』前


No.12で「ジャストミート」の前に座っていたあんこは、No.16で十字路の斜め向かいにある「から揚げシューシィ」前のベンチに場所を移しています。理由は分かりません。


17 同上


「から揚げシューシィ」のモデルは『ちびから本舗』さん。アニメではぼんやりとしか描かれていませんが、現物の看板は以下のようなもので、唐揚げだけでなく丼メニューやおにぎりなども持ち帰りできます。ここの唐揚げは安くて大きくて美味しいです。現地に行かれたらおやつ代わりにぜひどうぞ。

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また、この直後のカット(以下参照)を見ると、相変わらず"青い鯛"のいる十字路角の魚屋(モデルは『久喜』さん)の店名が「さしみ」となっており、同名の魚屋がうさぎ山商店街に2軒存在していることになっています。『さが喜』さんがモデルの方の「さしみ」が既に本編内に登場しているにも関わらず変更されていないということは、暖簾分けしたとか兄弟で経営しているとか支店だとか、そういう設定であるのかもしれません(あくまで妄想です)。


18 商店街西口から寺町通を南へ


19 同上


20 同上


21 同上


奥に見える和風建築は金光教京極教會の建物です。


22 同上


感嘆するほど一致します。このディティールの描写はすごい!


23 京阪藤森駅東。琵琶湖疏水沿い(南向き)

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結合したキャプに合わせて撮影しました。ご覧の通り、桜の枝振りの再現度はかなり高めです。こうやって比較検証すると、作画において"どの部分を描かなかったか?"が明確になってきます。なぜそのまま描かずに、敢えて部分的に消し去っているのか?それを考えてみるのも面白い試みでしょう。


24 同上


25 同上


疏水沿いのカットは第1話では下校時でしたが、第2話では登校時に琵琶湖疏水沿いを南下して、橋を渡って学校へ行くという場面が描かれています。橋のすぐ脇にあるはずの京阪藤森駅が通学時に使われていません。前回の記事で指摘しておいた「学校は商店街の近隣であり、たまこ達は徒歩通学」という説は有効のようです。


26 京都聖母学院近く


幟が逆さまになっていて、この状態でしか撮れませんでした。背景は違いますが、場所的にはここで間違いありません。


27 同上


正直言ってこれはちょっと自信がないのですが、No.27でみどりのいる位置の後方(約10mほど)で該当する箇所はここしかありません。民家の軒先ですので撮影には注意して下さい。


28 同校正門前


29 出町桝形商店街。鯖のオブジェの十字路の北。


先行紹介:次回第3話予告より
今回の取材と合わせて撮影しておいたので先行してご紹介します。
30 京阪藤森駅東。琵琶湖疏水沿い


京阪藤森駅横の橋(No.25)の西詰から南向きのカットです。


31 京都聖母学院、正門前


正門の真向かいです。


MAP

より大きな地図で TVアニメ『たまこまーけっと』舞台MAP(出町桝形商店街エリア) を表示


より大きな地図で TVアニメ『たまこまーけっと』舞台MAP(藤森エリア) を表示

地図は縮小表示していますので、必要に応じて上記の”より大きな地図で~”の後のリンク先をクリックして拡大して下さい。ブラウザがIEなら、アンカー上でマウスを右クリックして<新しいウィンドウで開く>を選択頂ければ、別ウィンドウが開くので便利かと思います。


以下、解説編です。


【解説1】 「星とピエロ」店内にあるLPレコードの解析
レコード&喫茶「星とピエロ」(今更ですが 中原中也の詩に由来する命名でしょう)の店内にずらりと並べられたアナログLPレコードの数々。これらの内の幾つかは実在するものです。第2話までで分かる範囲を整理してみました。


まず第1話でたまこと鳥が入店した時にマスターが手にしていたジャケット。

これは米国のソウル・ファンクの大御所Isley Brothers(アイズレー・ブラザーズ*1の1973年のアルバム"Brother, Brother, Brother"です。

ブラザー・ブラザー・ブラザー(紙ジャケット仕様)

ブラザー・ブラザー・ブラザー(紙ジャケット仕様)

面白いのは第2話でみどりと鳥が入店する場面は、第1話を反復するかのように全く同じカットが続き、マスターの立ち位置も視線の方向も手に持っているLP盤も同じなのですが、ジャケットの色が変わっています。これには何か意味があるのでしょうか?意図的な演出だとすれば非常に興味深いです。


第1話:レコードジャケットは緑色なのが…

第2話:レコードジャケットは濃い紫色に変わっている。

ちなみに両話とも絵コンテは山田尚子監督自身の手によるものです。同じ場面を反復させつつ、そこに質的な差異を織り込むという演出は『けいおん!』にも見られた手法でしたが、『たまこまーけっと』でも健在でした。


次に第2話でマスターがみどりのためにかけたレコード。

ジャケットのアーティスト名には"Marilou"と書かれています。色々調べてみましたが既存の楽曲でこれと同じものはなく、恐らく劇中曲としてアニメの為に新たに作られたものだろうと思います。第1話の"Cage North"も同様でしょう(この辺りについては後述します)。


ただし、ジャケットのデザインについては元ネタが分かりました。
これはフランスで1960年代半ばに活躍したFrance Gallフランス・ギャル)のベストアルバムのジャケットです。彼女の名前を知らなくとも日本でも大ヒットした『夢見るシャンソン人形』は誰でもご存知でしょう。

Poupee de son

Poupee de son

ただ、劇中の"Marilou"とは声の質がかなり違います。むしろこの歌い方や声質は個人的には60年代のSylvie Vartan(シルヴィ・バルタン)辺りを想起させるものです。例えばシルヴィの大ヒット曲"La plus belle pour aller danser"(邦題:「アイドルを探せ」)などを聴いてみると、"Marilou"との親近性が窺えるでしょう。


更に第2話の以下のカットでみどりの背後に描かれたレコードについて説明します(個々のアルバムの解説は割愛させて頂きます)。

右上:"Sketches Of Spain"(スケッチ・オブ・スペイン)/ マイルス・デイヴィス(1960年)

右下:"Out to Lunch"(アウト・トゥ・ランチ)/ エリック・ドルフィー(1964年)
アウト・トゥ・ランチ

アウト・トゥ・ランチ

左上:"The Magician's Birthday"(魔の饗宴)/ユーライア・ヒープ(1972年) 
魔の饗宴+9

魔の饗宴+9

まだ第2話が終わったところですが、このように「星とピエロ」の店内には、70年代アメリカのソウル・ファンク、フレンチ・ポップ、JAZZの古典、ブリティッシュ・ハードロックと、実に多種多様なジャンルの音楽が混在しており、マスターの音楽の守備範囲が相当に広いことを窺わせます。


【解説2】 「マニュアル・オブ・エラーズ
さて、【解説1】の説明でもうお分かりかと思いますが、ここであえて声を大にして言っておきます。たまこまーけっと』の劇中曲あるいは音楽ネタは、そのほんわかとした作風とは裏腹に相当に曲者です!音楽が主要な題材であった『けいおん!』以上に変化球がすごい、というのが2話を見終えた時点での私の感想です。


この辺りについては、たまこまーけっと』に音楽制作協力として参画しているプロダクション「マニュアル・オブ・エラーズの存在に触れておく必要があるでしょう。彼らは日本のTV番組・CM・映画・アニメ・ゲーム等の音楽を手掛けるアーティストの集団で、同プロダクションに所属するアーティスト名はWikipedia等で確認できますが、やや乱暴に括るなら、その守備範囲は所謂ロックの範疇ではなく、むしろ古いジャズやソウル、映画のサントラ、ラテン、フレンチ・ポップ、ラウンジ・ミュージックやモンドと呼ばれる分野に精通した人の集まりです。その活動は80年代後半の「京浜兄弟社」にまで遡ります。また90年代初頭の日本においてピチカート・ファイヴフリッパーズ・ギターオリジナル・ラヴらに代表される「渋谷系」と呼ばれたジャンルもまたその源流のひとつと言えます。「渋谷系」のバンド「ラヴ・タンバリンズ」のメンバーであった宮川弾氏や、「Instant Cytron」の片岡知子氏が「マニュアル・オブ・エラーズ」の所属アーティストであることが何よりの証拠ですが、ここではそのお二人が『たまこまーけっと』の音楽において重要な働きをされていることに注目すべきです。取り急ぎ『たまこまーけっと』と「マニュアル・オブ・エラーズ(元京浜兄弟社)」との関わりについては、(レコーディングでマニュアル・オブ・エラーズ所属のミュージシャンが大挙参加している可能性もありますが)特に以下の三人の方々の名前を記憶に留めておくと良いと思います*2(以下敬称略)。

山口 優:
マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツの代表。『たまこまーけっと』ではポニーキャニオンの中村伸一氏と並んで、音楽プロデューサーとしてクレジットされています。ED「ねぐせ」の作曲と編曲(赤羽俊之氏と共同)を担当。


宮川 弾:
1990年代前半に「ラヴ・タンバリンズ」のメンバー(key.)として活動。『たまこまーけっと』ではOP「ドラマチックマーケットライド」の編曲とED曲の作詞を担当。特にミュージカル仕立てのOP曲のアレンジメントは、渋谷系直系のポップな匂いが感じられます。


片岡知子
Instant Cytron」のメンバーとしてだけでなく、ソロでも数多くのTVCMや番組の音楽制作を手掛ける。『たまこまーけっと』では音楽担当。OP曲の作曲だけでなく、劇中のBGMは片岡さんの手によるもの。

これらの情報を押さえた上で『たまこまーけっと』のOP/ED/劇中曲にじっくり耳を傾けてみると、これまでと違った印象が生まれてくるでしょう。OP曲「ドラマチックマーケットライド」のタイトルは、ピチカート・ファイブの「マジック・カーペット・ライド」を想起させますし(曲調はかなり違いますが)、劇中曲を第2話まで聴いた感じでは、ラウンジ的でありながら時にJAZZYで、そこにフレンチ・テイストも交えつつ、トイ・ピアノを用いた楽曲ではおもちゃ箱の中をひっかき回しているようなユーモラスな曲調が印象的です。
以上が『たまこまーけっと』の音楽が『けいおん!』以上に曲者で変化球だという理由です。


なお「マニュアル・オブ・エラーズ」名義で以下のような書籍が出版されています。山口氏、宮川氏だけでなくOP曲で作詞を手掛けた藤本功一氏も執筆されています。


【解説3】 「星とピエロ」のマスターの名前に込められた意味
先ごろ更新された公式サイトのキャラクター情報によれば、「星とピエロ」のマスターの氏名は「八百比 邦夫(やおび くにお)」というそうです。これは驚きです。明らかに「八百比丘尼(やおびくに)」のもじりだからです*3


八百比丘尼とは何か?その伝承は日本各地に残されていますが、概ね「人魚の肉を食べて不老不死となった娘が、若さを保ったまま何百年も生き続け、世を儚んで尼僧となったのちに国中を巡った」とされるものです。興味深いのは「八百比丘尼」の伝説は、福井県の小浜を中心に全国に流布していることで、小浜=若狭、つまり「鯖街道」の起点である若狭を媒介として、出町桝形商店街と八百比丘尼は間接的に繋がりを持っているという事実です。


これが物語上の設定のひとつなのか、単なる偶然なのかは分かりかねますが、八百比丘尼をあからさまに連想させる名を「星とピエロ」のマスターに与えている以上、そこには間違いなく演出的な意図が込められているはずです。「星とピエロ」のマスターは、八百比丘尼がそうであったように、俗世の時間の概念を越えた存在として世の無常を傍観する立場の人物なのでしょうか?


第1話と第2話を見る限り、たまことみどりが訪れる「星とピエロ」は、商店街の喧騒から隔絶されたような不思議な静寂に満ち、この場所だけ別の空間に超然と存在するかのようです(【解説1】で述べた第1話と第2話の反復描写を思い出して下さい。まるでこの店内だけが時間のない場所のように見えてきませんか?)。マスターは隠遁者のごとくこの場所にひっそりと棲み続けて、時折訪れる来訪者を待っているような、商店街の中にいながらにして「外部」の人であるような・・・そんな空気が感じられます*4


「星とピエロ」のマスターは、物語の大きな流れの中でのキーマンとなる人ではないだろうか?と、そんな印象を抱かずにはいられません。


【解説4】 "everybody loves somebody"
みどりの祖父がけん玉を振り回しながら、唄うように語りかけたこのフレーズ。私はこれこそがこの作品のテーマだと確信しています。
ちなみにこのフレーズもまた音楽に関わるものであって、恐らくは誰もが一度は耳にしたことがあるはずの「誰かが誰かを愛してる」(1965年)という邦題で知られた名曲の原題です(なお、この邦題は誤訳として知られており、正しくはみどりが口にしたように「みんな誰かを愛してる」と訳すべきです)。元々は1947年にアーヴィング・ティラーとケン・レーンによって作られた曲ですが、米国の俳優ディーン・マーチンが歌ったことで大ヒットしました。

この曲がアニメ本編のどこかで重要なキーアイテムとして登場すれば面白いのに・・・などと楽しい夢想にふけっているところです。


(2013/1/21 記)

*1:現行のCDはアイズレー表記となっていますが、発音に忠実に書くならアイズリー・ブラザーズとすべきです。

*2:マニュアル・オブ・エラーズ」の人脈から見れば、ピチカート・ファイヴ小西康陽氏との接点も当然考慮しておくべきでしょう。小西氏はマニュエラの常盤響氏と共著で本も出版されています。

*3:メインキャラクターの名字が京都の地名に由来するものであることはインタビュー等での監督の発言で明らかですが、商店街のサブキャラにはその法則は当てはまらないようで、ほとんどが業種をもじったシャレっ気のある名前となっています。そんな中にあって「星とピエロ」のマスターのネーミングは、やはり異様としか言いようがありません。

*4:そういえばマスターは第2話の風呂屋での会合に顔を見せていませんでした。もっともOPではLPレコードを持って登場していらっしゃいますが。