【小論】音楽視点で見る『けいおん!』の世界2 ~TVシリーズ・映画に登場した音楽ネタの徹底紹介!

前回の記事はこちらです。併せてご覧ください。
【小論】音楽視点で見る『けいおん!』の世界1 ~『映画けいおん!』BGMの元ネタ集あれこれ


「けいおん!」の音楽関連の記事は、ネット上に無数と言って良いほどありますが、今回、私がご紹介する画像情報は「京都アニメーションが作画の際に直接参考にしたと思われるオリジナルの写真」を特定したもので、それらをTVシリーズから映画に至るまで網羅的に紹介したものです。資料性の高さでは(前回の記事と同様)それなりのレベルにあると自負しています。

参照させて頂いた画像は極力出典元をリンクしておきました。ただし画像を取得した際に元のURLを記録していなかったため、現時点では出典元不明となっているものが多少あります。その点はあらかじめご了承下さい。


本稿では、TVシリーズの1期『けいおん!』、2期『けいおん!!』に登場した音楽関連の小ネタを各話数順にご紹介し、最後に『映画けいおん!』(特にエンディング映像と映画『さらば青春の光』との関連)について述べます。元ネタに由来する台詞や映像の意味を考察した文章も適宜挿入することで、音楽方面の知識のない人にも各場面の意味や背景を理解して頂けるように配慮しました。映画のBGMについては、冒頭に掲げたリンク先の記事を参照して下さい。また本稿の内容を補填する上での小論を末尾に2つ付記しておきましたので、合計3つの章立てとなっています。


■『けいおん!』『けいおん!!』『映画けいおん!』に登場した音楽アイテムの数々
■【小論】『映画けいおん!』のキー・ビジュアルの背景がキングス・ロードである理由についての一考察
■EDテーマの映像処理とMTVからの影響について


2つ目の章は既出の弊ブログの記事ですが、『けいおん!』の音楽関連ということで改めてリンク先を再掲します。
3つ目の章は着手したばかりのもので、この先、更に詰めていきたいと考えている「山田尚子監督の映像表現に見る先行する諸作品からの影響」の考察に向けての試論の断片です。


本稿が『けいおん!』の世界をより深く楽しめるための一助となれば幸いです。
では順番にご紹介いたします。
※写真はいずれもクリックすれば拡大してご覧になれます。



■『けいおん!』『けいおん!!』『映画けいおん!』に登場した音楽アイテムの数々
1期 第4話「合宿!」
澪が部室で発見した先輩の残した雑誌

オジー・オズボーン (ブラック・サバス) 
出典
ブラック・サバスのヴォーカリスト、オジー・オズボーンが表紙となったムック本が元ネタです。画像はamazonに掲載されていたものですが、現在、洋書で検索しても同商品を発見できないので、既に絶版になって久しいのかもしれません。


1期 第9話「新入部員!」
この回で登場するアーティストのイメージ映像は、共にギターの機種に深い関わりのある人物が描かれています。


ギターを弾く梓のイメージ映像(ギー太を弾く)

ロバート・プラント(Vo.)ジミー・ペイジ(Gt.)レッド・ツェッペリン
言わずと知れたレッド・ツェッペリンです。唯の愛するギー太こと、ギブソン・レスポール・スタンダード:チェリー・サンバースト繋がりですね。同機の使い手の代名詞であるジミー・ペイジが、梓のイメージと重なってツインテールになっています。

"Whole Lotta Love"/ Led Zeppelin
このカットで梓の弾くフレーズは、どれとは特定しがたいのですが、強いていうならこの曲の3:05辺りからのギターソロでしょうか?


ギターを弾く梓のイメージ映像(むったんを弾く)

カート・コバーンex.ニルヴァーナ
1990年代前半のアメリカでのグランジ・ムーブメントを先導し、ある意味で自らその幕を引いたニルヴァーナのカート・コバーン。梓の愛機であるフェンダー・ムスタングとの繋がりで、カートまでツインテールに・・・。

"Smells Like Teen Spirit"/ Nirvana
ギターのリフはこの曲のイントロを模したものでしょう。彼らの最大のヒット曲"Smells Like Teen Spirit"です。ちなみにWikipediaのカート・コバーンの項目には、"シングル『スメルズ・ライク・ティーンスピリット』のPVで使用されているのはムスタングの1969年製コンペティション・モデル(ボディ左下に描かれたラインが特徴。カラーリングはバーガンディ・ブルー)で、カートが最も愛した物"とあります。


1期 第13話「冬の日!」
梓の家のリビング(買い物袋)

純から預かった猫のためにペットショップで買い物をして帰る梓。その袋に書かれている文字は"PET SHOP GIRLS"。この店名は英国のエレクトロニック・ポップ・デュオ、ペット・ショップ・ボーイズにあやかったものでしょう。

"West End Girls"/ Pet Shop Boys
以下は余談です。学校からの帰り道、「先輩。今日は私、駅前で買い物して帰ります」と言って唯と別れた梓ですが*1、駅周辺にペットショップなどあるのかというと実は本当にあります。松ヶ崎橋の少し東側です。

映画では松ヶ崎橋を西向きに渡って帰る梓の姿が描かれていたので、梓にとってこの道は登下校時の通り道なのでしょう。その道沿いにペットショップが実在するというのは(仮に偶然だとしても)面白い符号です。


ちなみに1期第10話で、梓が踏切横の生垣の切れ目を通って道路の反対側からやってくる場面があることから、筆者は長らく梓の家は駅の北方面にあると思い込んでいました。そのため、映画を観た時に「?」と思ったのは事実です。

1期第10話の梓。地元では実際にこのように抜け道として使います。ある程度、この駅の周辺事情に詳しくないと描けないシーンだと思います。


梓の家のリビング(レコード棚)

梓の向こう側の壁に2枚のアナログレコードが掛けられているのがお分かりでしょうか。微妙に色合いが変えられていますが、それぞれ以下のJAZZのレコードです。

ハブ・トーンズ+3(完全限定生産/紙ジャケット仕様)

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"Hub-Tones"/ Freddie Hubbard
Go

Go


"GO"/ Dexter Gordon
この辺りのカットで描かれているLPレコードは、引き続き調査中です。


2期 第1話「高3!」

アバンで唯が腕をブンブン風車のように回してギターを弾く姿は、ザ・フーのピート・タウンゼントのお家芸「ウィンドミル奏法(=風車奏法)」です。

"My Generation"/ The Who 
ピートのウインドミル奏法の様子は色々なライブ映像に残されていますが、今回はこちらをご紹介します。これは非常によく出来た編集映像で、当時の彼らの破壊的なライブ・パフォーマンスの一端を窺い知ることが出来るものです。ロジャー・ダルトリーのタフなヴォーカル、超絶的なジョン・エントウィッスルのベースライン、そして、りっちゃんお気に入りのドラマー、キース・ムーンの手数の多い破天荒なプレイと見どころ満載です(これはThe Whoのドキュメンタリー映画『The Kids Are Alright』の一部分です)。


2期 第2話「整頓!」
部室倉庫から出てきた古い音楽雑誌

右上はセックス・ピストルズのこのフォトが元ネタ。ジョニー・ロットン(右)とシド・ヴィシャス(左)。シドが血まみれなのは、確か観客と殴り合いの喧嘩をして鼻血を出していたからだったと思います。雑誌のイメージはrockin'onですね。

出典

左側はTレックスのマーク・ボラン。

出典


10GIAの店員が説明する時のイメージ映像
さわ子先生のギターに50万円の値がついた理由を店員さんが説明する場面では、有名ギタリストの姿と、その代表曲そっくりのフレーズを(一瞬ですが)聴くことが出来ます。ただし映像と同様、シームレスにオーバーラップしているため、非常に聴き取りにくいです!画面の一時停止を繰り返しながら確かめてみて下さい。以下、登場順です。 


まず最初のこのカット。

音はエリック・クラプトンが在籍したクリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」なのですが、なぜか写真はミック・テイラー(ex. ザ・ローリング・ストーンズ)です。これは謎です。元の写真はこちらです。

"Sunshine of Your Love"/ Cream
出典

確かにクリーム時代のクラプトンと似ていなくもないんですよね・・・。これが単なる写真の取り違えなのかそうでないのかは不明です。


2つ目のカットは、AC/DCのアンガス・ヤング。

AC/DCは、1973年にオーストラリアで結成されたHR/HMのバンドです。上半身はスーツにネクタイ、下半身は半ズボンというギターのアンガスの扮装はバンドのトレードマークです。このステージ写真は比較的最近のもののようです。オリジナル写真はこちらです。

出典
引用されているギターのフレーズはこちらのイントロです。

"Thuderstruck"/ AC/DC


3つ目はブラック・サバスのトニー・アイオミ。

出典
元ネタはサバスの代表曲"Paranoid"のイントロです。

"Paranoid"/ Black Sabbath
もっと若い頃の写真で同じアングルのものはないかと色々調べてみましたが、作画時に参照された可能性が高いと思われる写真は上掲のものと、もう1枚(下図参照)しか発見できませんでした。そのもう1枚の写真は、背後に見えるスピーカーの形がカットに描かれているものと合致しているので、ここに挙げた2枚の写真の合わせ技の可能性が高いです。フレットを押さえる右手(トニー・アイオミはレフティー)の形と肘の角度などは間違いなく後の写真を参考にしていると思われます。


最後はお馴染み、ザ・フーのピート・タウンゼント。

元ネタの写真はこちら。

出典

"Won't Get Fooled Again"/ The Who
邦題「無法の世界」の0:30辺りからのギターのリフです。カットには70年代前半のピートのトレードマークだった白のつなぎ(ジャンプスーツ)を着用した姿が描かれています。"Won't Get Fooled Again"が収録された名盤"Who's Next"の発表が1971年なので、描かれている絵と背後の音との間に齟齬はありません。しっかりと時代性が考慮されています。


2期 第3話「ドラマー!」
この項では2期第3話の会話に登場した2人のドラマーについて解説します。

●コージー・パウエル

澪 「よく言えば、コージー・パウエル」

ジェフ・ベック・グループに始まり、レインボー、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイク、ELP等等、有名ロック・バンドを次から次へと渡り歩いたドラマーとして有名。1998年、交通事故のため死去。彼の在籍したバンド名はこちらでご覧いただけます。

出典

昼休みに他のグループのところにいる律の姿を見て「放浪中だね」と言った唯と「渡り鳥」と呟いた和の言葉に、澪は律と同じドラマーであり有名バンドを転々としたコージー・パウエルを連想した訳です(一箇所に留まっていられない飽きっぽい人という意味合いも含んでいます)。


●キース・ムーン

梓 「ああ、変人とか壊し屋とか言われた人ですね。爆竹仕掛けて家を廃墟にしたことがあるとか」
律 「いや、そこは憧れてないから」

ザ・フーのドラマー。律のフェイヴァリット・アーティスト。1978年、薬物の過剰摂取により死去。享年32歳。ロック史上屈指の名ドラマーであると同時に、業界きっての変人として知られた人物で、生前の奇行の数々は破天荒なエピソードに事欠きません。

出典
Wikipediaにはこう記載されています。「ムーンは、その生涯を通じて「変人」「壊し屋」としての名声を欲しいままにした。彼は、ホテルの窓や友人の家、あまつさえ自分の家でさえ、高窓から家具を投げ捨て配管に爆竹を仕掛け、廃墟にしてしまった*2。彼の隣人だったスティーブ・マックイーンが、彼の悪戯があまりに酷くてノイローゼになったという逸話も残っている。彼自身が開いたパーティでもそうでないパーティでも、必ず彼が参加しているパーティはむちゃくちゃに破壊され、本人は必ず全裸になった。ミック・ジャガーが、とあるパーティに招待されて会場に行ったところ、ムーンの姿を見かけた瞬間逃げ帰ったという逸話もある。ロールス・ロイスでホテルのプールに突っ込んだ、ナチスドイツの制服でユダヤ人街を練り歩いたという噂もあった。また、多くの女装、ヌード写真が残されている。」


「変人」「壊し屋」としての異名を取る一方で、その屈託のない愛嬌に満ちた陽気な性格で多くの同業者に愛された人でもありました。また"レッド・ツェッペリン"のバンド名は、キース・ムーンの口癖に由来するとされています。


2期 第5話「お留守番!」
ジャズ研の壁に掛けられたLPのジャケット

MOSAIC

MOSAIC


"Mosaic"/ Art Blakey & The Jazz Messengers

カインド・オブ・ブルー+1

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  • アーティスト: マイルス・デイビス,ポール・チェンバース,ウィントン・ケリー,ジミー・コブ
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
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"Kind of Blue"/ Miles Davis
桜高のジャズ研については、後の2期第13話の項で補足説明をします。


2期 第9話「期末試験!」
コンビニで澪が立ち読みしている雑誌

雑誌の元ネタは「Jazz Life」2009年6月号の表紙。

出典
(左)パット・メセニー(Guitar) (右)ゲイリー・バートン(Vibes)


2期 第13話「残暑見舞い!」
梓の家のレコード棚

THE RUMPROLLER

THE RUMPROLLER


"The Rumproller"/ Lee Morgan
上述した1期13話、2期5話、2期13話の計5枚のJAZZアルバムの内、マイルス・ディヴィスの"カインド・オブ・ブルー"を除く4枚は、すべてBlue Noteレーベルからリリースされているという共通点があります。


両親はジャズ・バンドを演っていたという梓の発言がありますが、棚にずらりと並んだレコード・コレクションの内、ジャケットをディスプレイしている3枚のLP盤(多分、お気に入りのレコードなのでしょう)の傾向を見る限り、JAZZの中でも少人数編成のコンボ形式のアルバムを好んで聴いている様子が窺えます。


一方でジャズ研の指向する音楽性は、レギュラーメンバーになるために常に競い合っているという純の発言(2期第5話)から察するに、大人数のビッグバンド形式だろうと推察されます*3。少なくとも少人数編成のバンドの集まりでないことは確かです。1期第8話でジャズ研を見学した梓が、"本物のJAZZっていうのとは少し違ったかなぁ"と発言しているのは、この指向性の違いゆえです。


しかし2期5話でジャズ研の壁に掛けられた2枚のアルバムはコンボ編成のアルバムなので、ジャズ研はビッグバンド主体でありながら一部コンボ形式のバンドの存在も容認しているような、案外、度量の深いクラブなのかもしれませんね。


2期 第27話「計画!」
旅行会社での会話中のイメージカット


レイ・チャールズとアポロ・シアター

アポロ・シアターは、ニューヨーク・ハーレム125番街にあるアフロ・アメリカンのアーティスト専用のクラブで、黒人の音楽文化を象徴するホールです。レイ・チャールズの姿は、このDVDのジャケットに使われている写真を左右反転させたものでしょう。


?????とブルーノート。
※この人物が誰であるのかはまだ特定できていません。

ブルーノートは、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあるJAZZクラブです(レコードのBlue Noteレーベルとは無関係とのこと)。アポロ・シアターとは異なり、こちらは1981年の開業で比較的新しいクラブです。


これらのイメージ映像は、梓がまだ見たことのない憧れの地へ想いを馳せるシーンですから、当然リアルな現地映像ではなく、ミュージシャンのCDやDVDのパッケージの写真を思い浮かべていると考えるのが自然でしょう。後で登場する澪のアビーロードも同様で、彼女はビートルズのアルバムジャケットと同じアングルの映像の中にいる自分自身を想像しています。従ってこのBlue Noteの場面も同じ法則で描かれているだろうとアタリをつけて調べてみましたが、結局のところ現時点では成果なしです。


幾つかヒントはあります。Blue Note NY店に縁の深いトランペット奏者で、実際にステージに立ったことがあり、多分ここでの演奏を収録したライブ盤やDVDなどのソフトが出ているだろうということ。同店の開店は1981年なので、この年以降も現役でライブ活動をしていたミュージシャンであること。ステージ衣装はスーツであること。背中姿からは白人か黒人かまでは分かりかねますが、やや縮れたような頭髪から見て黒人男性の可能性が高いこと。肌が白く見えるのはスポットライトの影響ではないか等等・・・などとプロファイリングしてはみたものの、いまだ特定には至っていません(心当たりのある方からの情報をお持ちしております)。


ジミ・ヘンドリックスとウッドストック・フェスティバル
 
ピース・サインをするジミ・ヘンドリックス。1969年8月17日のウッドストックのこの場面の写真やフィルムは幾つかのアングルから撮影されたものが残されていますが、このカットのように左背後からの写真はまだ発見できていません。大抵の場合、このDVDのジャケットのように右背後からのものか右横、もしくは正面からのものばかりです。この絵は現存する映像を参考に想像で描いたものなのか、それともやはりどこかに元ネタはあるのか・・・。

不世出の天才ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスと言えば、ギターを歯や背中で弾くというパフォーマンスが有名です。1期第5話「顧問!」の回でさわ子先生がギー太を歯で弾くのは勿論、ジミヘン由来のもの。

"Voodoo Child (At Woodstock '69)"/ Jimi Hendrix 
ウッドストックでのジミ・ヘンドリックス。その凄まじい演奏。*4


またステージ上での楽器破壊パフォーマンスは、ジミのステージの目玉のひとつでした。当時ステージでの破壊行為を売り物にしていたもうひとつのバンドが他ならぬザ・フー。1967年のモンタレー・ポップ・フェスティバルで共演した2組は、互いの破壊的パフォーマンスを競い合うことになった訳ですが、先に出演したザ・フーのピート・タウンゼントの派手なギター破壊行為がオーディエンスの度胆を抜いた後に出演したジミは明らかに不利な状況にありました。同じことをしては勝てないと考えた彼が選んだのが、ジッポーのオイルをギターにふりまき、そこに火をつけて燃やすという衝撃的なパフォーマンスだったのです。
 
出典
ここまでの3つのカットはいずれもアメリカのポピュラー音楽の聖地のような場所が選ばれています(R&B=アポロ・シアター、JAZZ=ブルーノート、Rock=ウッドストック)。JAZZの発祥の地でもあるアメリカは、梓にとって音楽世界の理想郷なのかもしれません。*5


アビイ・ロードの横断歩道

アビイ・ロード

アビイ・ロード

映画の中では、横断歩道を足早にさっさと通り過ぎていくカットが描かれています(下図参照)。多分、自分たちの歩いている場所がビートルズの『アビイ・ロード』のジャケットと同じ横断歩道だとは気づいていないのでしょう。

27話に登場したこのカットのレコードは、引き続き調査中です。


映画けいおん!
唯「じゃあ、りっちゃんの友達は『ラブクライシス・ジャパン』だね」

この台詞は、日本のヘヴィメタルバンド「X Japan」が元のバンド名「X」から改名した時のエピソードを彷彿とさせます。「X Japan」は世界進出するに当たって、それまで国内で名乗っていた「X」と同名のバンドが米国に実在することが判明して改名を余儀なくされました。


ロンドンの寿司屋のオーナーが口にした"Love Crisis"という名前は、唯にとってそれが何を意味するのかは分からなくても、ロンドンにいるバンド名か何かであると思ったはずです。だから律の友人に「ラブクライシス」という同名のバンドがいると聞いた時*6ロンドンに"Love Crisis"がいるのだったら、りっちゃんの友達は「X」が「X JAPAN」に改名した時みたいに、『ラブクライシス・ジャパン』と呼ぶべきだね、と思ったのでしょう。両者が実は同じものだとは気付いていなかった訳ですから。しかしこれは唯が「X JAPAN」のエピソードを知っていたと考えるより、それを敢えて唯に言わせようとしたスタッフの遊び心と捉えるべきだと思います。


映画けいおん!
ED「Singing!」
このEDはThe Who(ザ・フー)、および彼らの後期の代表作『四重人格』("Quadrophenia")を映画化したフランク・ロダム監督の『さらば青春の光』(1979年)への直接的なオマージュに溢れています。また前半に描かれる少女たちの閉ざされた楽園のような花咲く庭は、ルシール・アザリロヴィック監督の映画『エコール』(2004年)からの影響が窺えます。

(左)『映画けいおん!』EDより。
(右)ザ・フーのピート・タウンゼントが得意とするジャンプ・パフォーマンス。

出典

少し分かりにくいかもしれませんが、唯とピートの持つギターの背面も完全に合致します。

(左)『映画けいおん!』EDより。
(右)映画『さらば青春の光』より。遠くに見えるのがブライトン・ピア。HELTER SKELTERの遊具はここの先端にあります。


(左)『映画けいおん!』EDより。
(右)映画『さらば青春の光』より。白亜の断崖はブライトンとイーストボーンの中間のセブン・シスターズ。


「映画けいおん!公式ガイドブック~桜高軽音部 Travel Diary~」(以下、「公式ガイド本」)での山田監督の発言を引用します。

山田 この映画(『さらば青春の光』)では最後に主人公がスクーターに乗って、崖をずっと走っていくんですよ。そして投身自殺を図るんですけど、最後ベスパだけが宙を飛ぶんです。そんなラストの解釈が諸説いろいろあったりするんですけど、澪が花を手向けるカットや彼女たちが海を背景に崖の上を走っていくシーンなんかは、澪の映画に対する解釈として描いています。
(「公式ガイド本」P.125)

映画『さらば青春の光』のラストで、自暴自棄になった主人公のジミーはスクーターを海へ向けて全力疾走させて断崖からダイブします。彼が心酔した当時(1960年代半ば)の風俗であるモッズの象徴とも言えるスクーターが岩礁に激突して粉々になった場面で終幕となります。一方『映画けいおん!』のEDでは、ひとり物憂げな表情で歩いてきた澪が、同じ断崖(セブンシスターズ)から白薔薇を投げる姿が描かれています。山田監督の発言をそのまま受け取るなら、これは澪が『さらば青春の光』の主人公ジミーへ捧げた手向けの花ということになります。『さらば青春の光』と『けいおん!』の世界が出逢う瞬間といっても良いでしょう。

ジミーへの弔いの想いを込めて花を捧げる澪。その胸に去来するのは『さらば青春の光』へのリスペクトであったでしょうし、失意と挫折に満ちたジミーの青春へ向けたレクイエムであったかもしれません。しかし『映画けいおん!』のEDは、この『さらば青春の光』のラストシーンをモチーフとしながら全く違う方向へと踏み出してみせます。ここに山田監督がEDに込めたメッセージがあります。




(上)『映画けいおん!』EDより。
(下)映画『さらば青春の光』より。

山田 ちなみに唯たちが走っていく方向は、『さらば青春の光』のスクーターとは逆方向です。
(「公式ガイド本」P.125)

ジミーの終焉の地(これについては後で解説します)で手向けの花を捧げた澪は、まるで吹っ切れたかのような笑顔を見せて、そこで待ち受けていた仲間と共に、ジミーが自滅へと突っ走っていった方向とは逆向きに駆けていきます。ここに『さらば青春の光』の結末とのスタンスの違いが見て取れます。無軌道な青春時代への諦念と訣別という『さらば青春の光』の苦い結末とは対照的に 今この瞬間を全肯定しつつ、自分たちのいるべき場所へ帰って行こうとする姿です*7


孤独感に苛まれながら、ただひとり海へと突っ込んでいったジミー。一方で、互いの絆を確かめ合いながらジミーとは逆方向へ駆けていく放課後ティータイム(HTT)の5人。今この瞬間の自分自身を全肯定すること。そのままで良いこと。それがロンドン旅行の過程で得た結論であり、ポジティヴな自己認識でした。だからこそ彼女たちはジミーの跡を辿らず、踵を返して逆方向へ駆けていった訳です。

(左)映画『さらば青春の光』より。絶望感を抱えてベスパで疾駆するジミー(左向き)。
(右)5人揃って駆けていくHTT(右向き)。


さてここで、山田監督の発言にもある『さらば青春の光』のラストの解釈について触れておきます。一見するとジミーはスクーターもろとも投身自殺したように見えるのですが、飛び込む瞬間のジミーの姿は描かれていません。この映画のラストシーンについては幾つか解釈が分かれていて、その中で最も有力なのが、映画の冒頭(アバン)で夕暮れの浜辺をとぼとぼ歩くジミーの姿は、実は映画のラストに続く場面だとする説です(筆者もこの説を採ります)。ジミーは崖からダイブする寸前で死への恐怖に耐え切れず、地面へと身を投げて生き延びる道を選んだという訳です。

(左)『映画けいおん!』EDより。
(右)映画『さらば青春の光』より。断崖からダイブするベスパ。


澪の投げた白薔薇と落下していくペスパとの重なり合うイメージ。


映画のラストは日差しの眩しい午後の時間帯です。スクーターをダイブさせてから夕暮れになるまで数時間が経っています。この間にジミーは一体何を思い何を自らに告げたのでしょうか。きっと自問自答を幾度も繰り返したであろう(表向きには語られることのない)数時間こそがこの映画の真のクライマックスであって、そこで彼は本当の意味で大人になることを自らに受け入れたのではないでしょうか。カッコ良く死ぬことなどままならず、たとえ惨めでぶざまであってもそれでも生きていくしかないのだという失意と諦念とを胸に刻んで・・・。

映画『さらば青春の光』より。冒頭の夕暮れの場面。


その姿は、若さと反抗のアンセム"My Generation"で「年とる前に死にたいぜ」とうそぶいたThe Who自身の姿とも重なり合います。つまり『さらば青春の光』(=『四重人格』)の結末は「年とる前に死ぬ」ことなくのうのうと大人の世代になってしまった彼らにとっての、かつての年若い自分達へ向けた挽歌であり、責任の取り方であり、落とし前だったのだろうと私は思います。


山田監督が映画のEDに込めた象徴的な意味を読み解く上で『さらば青春の光』、および『エコール』の2本の映画は必見のサブテキストです。機会があれば是非ご覧下さい。本稿では『エコール』には殆ど触れられませんでしたが、映画の感想めいたものなら1年ほど前に書いた拙文【小論】映画『エコール』の印象があります。ご興味のある方は参考になさって下さい。


ひとつだけ余談めいた話をしておきますと、映画公開を記念して発売されたSDフィギュアの第2弾"Singing!"のパッケージ・デザインに「棺桶」が描かれていたことをご記憶の方も多いでしょう。あれは映画『エコール』を観ていないと意味が分かりません。実は『エコール』の冒頭、森の中の学校に新たに連れてこられた少女が入っていたのが「棺桶」なのです。映画のED映像だけでなく、こんなところにも『エコール』の影響は見て取れる訳ですね。

(左)『映画けいおん!』SDフィギュア"Singing!"のパッケージ。
(右)映画『エコール』より。


(左)『映画けいおん!』の最初のキービジュアル。
(右)映画『エコール』のポスターおよびDVDパッケージ。


(左)『映画けいおん!』のエンディング映像より。
(右)映画「Kids Are Alright」のDVDジャケットより(ザ・フーのドキュメンタリー映画)。


下のカットは『映画けいおん!』BD&DVDのルートメニュー(音声・字幕)の画面です。2期第20話のラストシーン(学祭後の部室)も同様のバリエーションと見るなら、このヴィジュアルへの山田監督の思い入れは相当に深いものと言えるでしょう。


【補足】
前項まで書き上げた後、BD&DVD発売直前の「アニメージュ2012年7月号」の山田尚子監督へのインタビュー記事の中に、ここまで述べた内容を補完する非常に興味深い内容が含まれていたことに気付きました。少し長くなりますが引用します。

山田 今回のEDはたくさんの意味を持たせて制作しました。ただ、その意味もひとつではなくて、それぞれのストーリーにいくつかの解釈があります。私はいつも、答えをひとつにしぼるのが苦手なので、こんな感じになりました。ですが、見たままでもどれかの意味が伝わるように気をつけました。


――ED映像では澪がモッズコートを着ていたり、みんながユニオンジャックの旗にくるまっていたり、UKロック色が強いカットがありました。ロケーションもガーデンだったり、石灰岩の岸壁だったりと英国らしかったです。


山田 実は、このEDを思いつくまでずいぶん悩んだんです。唯たちがロンドンに行ったということを忘れていた・・・というのも変なんですが、まったく別のアプローチで考えようとしていたので。うんうん悩んでいたら、まず最初にヘルタースケルターが頭の中に降臨してきてくれて、そこから、ブライトン、セブンシスターズとつながって・・・・・・、「あっ、できた!だいすきなやつだ!!」と。「りっちゃんがすきなやつも繋がるし、澪も・・・。わぉーっ!!」って感じでした。そこからはだいすきなUK色、ロンドンぽさ、イギリスっぽさを組み立てていきました。コンテ締切り当日の出来事です。あぶなかったです。ちなみに、ブライトンにいる時の澪はモッズコート、ムギは背中にRock'n rollと書かれたスタジャンを着ています。ちょっとしたいたずらゴコロです。放課後ティータイムの手にかかれば、みんな仲良くなっちゃうんです(笑)。

(「アニメージュ2012年7月号」インタビュー記事より抜粋)

監督の発言にある「りっちゃんがすきなやつも繋がる」というのは言うまでもなく、ブライトン&セブンシスターズ→映画『さらば青春の光』→原作アルバム『四重人格"Quadrophenia"』→The Whoへの流れです。では最後の"ちょっとしたいたずらゴコロ"の意味がお分かりでしょうか?


『さらば青春の光』をご覧になった方なら覚えておられると思いますが、あの映画は1960年代中頃の「モッズ」と「ロッカーズ」との抗争を背景としたドラマでした*8。細身の三つボタンのスーツに米軍払い下げのミリタリーパーカー(M-51)をはおり、多数のミラーで装飾されたスクーターを乗り回し、R&Bやソウル・ミュージックやザ・フーやスモール・フェイセスなどの音楽を愛したモッズ。一方、アメリカのロックンロールやロカビリーの影響を受けて、黒の皮ジャンに皮パンやジーンズを履き、髪はリーゼント、単気筒エンジンのバイクに跨るロッカーズ。


どうやら『映画けいおん!』のEDでブライトンの浜辺にいる澪とムギの姿は、それぞれモッズとロッカーズになぞらえられていたようです(ムギのポニーテールやいつになくラフないでたちも、ロッカーズの"アメリカン"なファッションを意識したものなのかもしれません)。ただしEDの映像ではムギのスタジャンの背中は見えないので、Rock'n rollの文字を確認することは出来ません。監督を初めとするスタッフのみぞ知る裏設定ということでしょう。

モッズの澪(左)とロッカーズのムギ(右)との対比。ブライトンの浜辺にこの姿でいることの意味は・・・。


『さらば青春の光』のブライトンの浜辺は、モッズとロッカーズとの度重なる抗争の果てに遂には暴動を引き起こしてしまう場所でした。しかし『映画けいおん!』のEDにおけるブライトンは、澪(=モッズ)とムギ(=ロッカーズ)が共に歌い共に音を重ねる場として描かれています。『さらば青春の光』では抗争の舞台となったその場所が、『映画けいおん!』では同じバンドメンバーのセッションの場となっている訳です。かつて"対立"の象徴として描かれたブライトンの浜辺は、今、「放課後ティータイム」の名の下に"愛"と"融和"の場へと置き換えられたのです。


『映画けいおん!』のEDに重層的に仕込まれた象徴や隠喩は、そう簡単に全てを解き明かせるものではなさそうです。いやはや参りました。脱帽です。



■【小論】『映画けいおん!』のキー・ビジュアルの背景がキングス・ロードである理由についての一考察
過去にリリース済みの弊ブログの記事ですが、『映画けいおん!』と音楽との関わりを探る上で重要な参照点となるものですので、僭越ながらリンク先を再度ご紹介します。

・なぜこの場所なのか?
・英国Rock史におけるキングス・ロードの歴史的意味
・ヴィヴィアン・ウエストウッド、セックス・ピストルズ、ロンドン・パンク
・ブティックSEX→World's End
・World's Endの大時計



高速で針が逆回転する大時計。13時間表示も含めて、実は時計としての機能を果たしていません。



■EDテーマの映像処理とMTVからの影響について
1期EDの「Don't Say "lazy"」、2期第1クールEDの「Listen!」でHTTが演奏している"背景の真っ白な部屋"は、70~80年代のMTVにおいて頻繁に使われた演出手法でした。

これは制作予算の少なさを補うためという経済的事情が大きいのですが、一方でミュージシャン側にとっても、過剰な演出なしに素のままの自分たちの姿をアピールできる点が好まれて、多頻度で使用されたようです。京アニ社内でも無類のロック好きとして知られていたという山田監督*9のこと、きっとお気に入りのミュージシャンのPVは夢中になって見たでしょうし、こうしたMTVの映像から影響を受けた要素も大きいのではないかと想像します。


今回は沢山あるそれらの内のサンプルを幾つかご紹介します。なお元ネタというほどではないのですが、3つ目の"Jet Set Junta"/ Monochrome Setの曲調は「Listen!」に共通するテイストがあると個人的には思っています。

"Going Underground"/ The Jam

"What Do I Get"/ Buzzcocks

"Jet Set Junta"/ Monochrome Set

"Another Nail in My Heart"/ Squeeze

"Pump It Up"/ Elvis Costello


(2013/2/17 記)

*1:この場面は修学院駅東側の7-11の前です。

*2:Wikipediaのこのくだりは梓の台詞そのままなので、恐らく脚本執筆時にこの文章を参考にしたものと思われます。

*3:2期25話「企画会議!」の劇中で制作されたPVには練習中のジャズ研の様子が映っています。

*4:ジミが渡英して成功を掴む切っ掛けを与えたアニマルズのチャス・チャンドラーが初めてジミの演奏を見た時の印象として、「ギタリストが3人くらい同時に演奏しているのかと思った」という発言を残していますが、ウッドストックでのジミの"火を噴くような"演奏は、まさにその言葉がぴったり当てはまります。なおこのステージではリード・ギターのジミの他は、リズム・ギター、ベース・ギター、ドラムが各1名、パーカッションが2名の計6名の編成でした。

*5:ジミ・ヘンドリックスはアメリカ出身ですが、初めにイギリスで人気に火が点いて、その後、モンタレーのフェス辺りを契機として逆輸入のような形で本国アメリカでスターになった人でした。

*6:実際には1期14話のライブハウスで顔を合わせているのですが・・・。

*7:映像演出上、左←右、左→右への各々の動きの意味もここでは重要ですが詳細の説明は割愛します。一例としてこちらのサイトこちら辺りを参照して下さい。

*8:映画の終盤で描かれるブライトンでの暴動のシーンは、1964年に同地で起こった実話をベースにしています。

*9:掲載誌不明で申し訳ないのですが、ある雑誌のインタビューで「70年代のロンドン・パンクが特に好き」との発言がありました。