【レポート】P.A.WORKS堀川憲司社長のトーク「アニメーションづくりの魅力-富山からの発信」~組織作りと人材育成、そして京都アニメーションへのリスペクト

毎年秋に開催される「京都ヒストリカ国際映画祭」。第11回となる今年の特別企画は「今こそ語り合おう京都アニメーション、そして京都がアニメ文化史に刻んだ足跡を深堀りする」というテーマでした。このプログラムでは、京都アニメーションの劇場4作品*1が上映され、その魅力を再確認するとともに、京都アニメーションと同じく地方でアニメ制作を手がけられている富山の(株)ピーエーワークスP.A.WORKS*2代表取締役の堀川憲司社長をお招きして、「アニメーションづくりの魅力-富山からの発信」と題するスペシャル・トークが開催されました。以下はそのトークの記録です(2019/10/27 Sun.)。

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第11回 京都ヒストリカ国際映画祭 

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トーク京都文化博物館の別館(重要文化財)で京アニ作品の上映前後に開催されました。 

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堀川憲司社長のプロフィール

 

 お話の聞き手は京都文化博物館の森脇清隆さん*3。堀川社長の登壇前に今回の企画の背景について語っていただきました。要約すると次のような趣旨です。

 

・アニメ制作の「スタジオ」の重要性という点に焦点を当てたいと思い、今回の企画を立てた。
・京都では戦前から、映像を学んだ人たちがアニメを作る文化があった*4
・戦後は東映京都撮影所出身の人たちが、後の東映動画で新しいアニメを作り出した。
・そのような京都という地でアニメ制作を続ける京都アニメーションは、現在「元請け」*5できる地方のアニメ・スタジオ3社のうちの1つである。
・そこで今回は富山でアニメーション制作会社P.A.WORKSを経営されている堀川社長に、東京以外ではなぜこんなにもスタジオの数が少ないのか?富山でアニメ制作会社を運営することの意義などについてお話をお聞きしたいと(面識はなかったが)依頼をしたところ快諾いただき、実現の運びとなった。

 

続いて森脇さんの紹介でステージ左側から堀川憲司社長が登壇されます。お話しいただいた内容は、P.A.WORKSが制作した数々の作品のエピソード、地方を舞台背景として描くことへの想い、会社のたどってきた歴史、経営における組織論・人材育成論へと至ります。その言葉の端々に、地方の制作会社の先輩として業界の先頭を走ってきた京都アニメーションへの熱いリスペクトが窺えました。

 

それでは当日のトークの内容を手元のメモから書き出してみます。元々はこのような形で記事化することを想定しておらず、トークが終わった後で内容の重要性に気づき、これはどこかでまとめておかないといけないと思って書き起こしたものです。すべてのトークのメモを録りきれていませんし、若干の聞き違いもあるかもしれません。その点はご容赦の上、ご指摘いただければ幸いです。発言はすべて「です・ます」調ではなく「だ・である」調で統一しています。また文意が通りやすいように、実際には語っておられない文言を意図的に追加している箇所もあります。

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格調ある京都文化博物館別館。ステージ向かって左側に森脇清隆さん、右側に堀川憲司社長が着座されました。 

 

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(森脇さんの発言のみ頭に「森脇」と明記した上で、発言箇所の文字を紫色にしています。残りはすべて堀川社長の発言です。以下、敬称略)

 

・日頃、このような形で人前で話すことは少ない。

・森脇 初めてP.A.WORKSを意識した作品は『CANAAN』だった。シリーズ全体のトーンがしっかりまとまっている印象があった。次が『Angel Beats!』で、これもシリーズ構成やトーン、次回以降の展開への予感を上手く盛り込んだ伏線の張り方等、作品の隅々までトータルで管理できていて、このスタジオはすごいなという感想を持った。また「地域」「地方」という観点では、湯涌温泉の「ぼんぼり祭り*6のようにアニメで描かれたものが実際の祭りとして定着するという現象も興味深いものだった。

・地域の文化や風景をモデルとして描くことを意識した最初の作品は『true tears』。この作品が元請けの記念すべき1作目だった。

・地方のアニメ会社だから地方に密着した作品を作るという訳ではない。これは都会育ちの自分が地方の文化に触れて「絵になるな」「素敵だな」「アニメに描けたらな」と思ったことが大きい。

・『true tears』は2008年の作品。1990年頃はこんな企画は通らなかっただろう。20年前くらいから風向きが変わってきて、無国籍的な作品ではなく日本の田舎の風景を出すと喜ばれるようになった。また2000年頃からのデジタル技術の進化で光と影を描き込めるようになり、背景画のレベルが上がったことも大きい。日本の四季の風景をそれなりに描くには高度な技術が必要。それが可能になってきたのがその時期である。

・実は『true tears』は最初は城端*7を舞台にする予定ではなかった。西村純二監督*8が本社に来られて合宿した時に「この場所が舞台でいいんじゃないか」と仰ったので決めた。それは自分の思いと同じだった。

・北陸の冬は青空がない。色彩を失ったモノトーンの景色の美しさに触れて、ぜひこの北陸の冬の風景をアニメで表現したいと思った。それが『true tears』に描かれている。そこから観光地ではない田舎をもっと描いてみたいと思うようになった。

・地元に住んでいると当たり前になりすぎて、その風景の美しさに気づかない。この景色を切り取ってわざわざ描きたいとは思わない。自分はよそからやって来たので、地元の人にとっては当たり前の風景でもそこに美しさを見出す。

カメラを向けるとそこにあるすべての情報が入ってくるが、アニメではそのすべてを描くことはできない。本当に表現したいもののみを選ぶことになる。それが見る者にも伝わるのではないか。

・富山に行ったのは大学入学のため。そこで結婚もした。一度、東京へ行って子供が大きくなった2000年に富山に戻ってきたが、アニメの制作会社がなかったので自分で作った。富山でTVシリーズを作れる会社にするというのが第一目標。まず人材育成をできるアニメーターを呼びたいという考えから『有頂天家族』の吉原正行監督(当時は演出)に富山へ来てもらって2人で立ち上げた。あともう一人、これも『有頂天家族』でキャラクター・デザインを手掛けた川面恒介氏を入れての3人で会社をスタートさせた。

・富山で早速求人募集をしたが、最初の数年は全然応募がなかった。やがてグロス請けで『鋼の錬金術師』や『攻殻機動隊』を手掛けるようになってから、知名度が上がって急に社員も増えた。

・『花咲くいろは』は富山から少し離れた金沢の奥座敷である湯涌温泉を舞台とした。ちなみにあの女将にモデルはいない。

・森脇 『クロムクロ』は剱岳の八ツ峰での戦闘シーンがあるが、この場面のスケール感が正確。TVアニメでこれほどしっかり描かれるということに驚いた。

黒部ダムにもロケに行った。予想外だったのは、巨大ロボの設定であっても黒部ダムと対比するとものすごく小さくなることだった。市街戦で建物を壊す場合は、あらかじめモデル地に許可をもらった。

・『サクラクエスト』は「働く女の子シリーズ」の第3弾にあたる*9。こういった地味な話は普通であれば企画が通らない。

・「こういうテーマで、こういう結末で、こういうことを訴えたい」という明確なものがあって作品を作ることはない。アニメを作ることに専念していると世間にどんどん疎くなる。社会人としてどうか?という不安もある。一日18時間くらいアニメのことを考えているので、それなら「社会で働くこと」を作品の中に入れたら、一日中ずっと登場人物たちと一緒に社会のことを考えていられるのではないか。地方に暮らす自分たちの思いやコミュニティを維持するという思いにはっきりとした答えはない。目的が見出せない若者がどうやったら目的を見出せるのか。シリーズの制作を通してそれを考えてみようと思った。

・『有頂天家族』はアニメ化の原作として当社に持ちこまれた企画だった。一読してぜひやりたいと思ったが、実現までにかなり時間がかかった。最初は映画での公開を考えていて120分程度の尺を想定していた。しかし伏線が張り巡らされた原作を120分で収めることは困難であると判断し、TVシリーズに変更した。

・和風で記号的ということでキャラクター・デザインに久米田康治氏を起用した。原作挿絵の中村佑介氏の絵だと狸の印象はかなり違っていただろう。

・『有頂天家族TVシリーズの企画を水面下で進めていた頃、京都アニメーションが『たまこまーけっと』の制作を発表してかなり慌てた。舞台が出町柳の商店街と知って、「え?出町?下鴨神社のそば?なんで被った!?」と正直思った。その直後、京アニの八田社長と初めてお会いする機会があって、そのときに「実は原作の前からのファンで、たまたま同じ舞台なのですがやらせてください」とお話ししたら快諾いただけた。

・森脇 『たまこまーけっと』の時、八田社長にお会いしたら「先日、堀川さんが来はったんや」とものすごくうれしそうに語っていらっしゃったことを憶えている。

・『有頂天家族』のロケハンと取材は、吉原監督が京都のウィークリー・マンションに住み込んで作業を進めた。ところで京都のエスカレーターは並びがバラバラ。東京は左側、大阪は右側へ一列に並ぶが、京都は左右が混在していてルールがない。これはなぜ?

・森脇 京都は前にいる人にならう。前に立っている人が左側ならその後ろに並ぶ。後から来る人の邪魔にならないようにしているのだと思う。

・森脇 『有頂天家族』は狸の走るスピードが速い。京都の通りを駆け抜けていく描写がいい。

・自分にしてみたら、狸は動きの遅い動物。田舎では車で狸を轢きそうになる。車が目の前まで迫っているのになぜそこで立ち止まる!?と思ってしまう。

・原作者の森見登美彦さんは、執筆の際に映像を意識しないで書いていると聞いた。そのように言葉の力で書かれた原作を映像にするのはやはり苦労があった。しかし後に森見さんから、今度は出来上がった映像の方に引っ張られるようになったとも聞いた。

・森脇 『有頂天家族』は音楽も良かった。毎回どのようにして人選されるのか?

・懇意の音楽家であるとか、監督が音楽プロデューサーに意向を伝えて、そこで候補を色々と聴かせてもらって選ぶということもある。『花咲くいろは』の時は、当時『おおきく振りかぶって』のサントラを愛聴していたこともあって、是非にと思って浜口史郎さんにお願いした*10

・先般、NHKの連ドラ「なつぞら」でアニメの制作スタジオがドラマの舞台となって話題になったが、それまでアニメのスタジオを描く作品はなかった。それはなぜか?ひとつは業界に対する負の情報が流れていたことがあると思う。しかし、アニメの業界で働いている人たちがみな負の感情を持って仕事をしている訳ではない。クリエイターが何に喜びを感じて仕事をしているかを考えてみたかった。そこで制作進行から見たクリエイターの喜びを描いてみようというのが『SHIROBAKO』の発端となった。そのアイデア水島努監督*11に話したら、「それは自分もやりたいと思っていた」と仰っていただいた。実は監督の頭の中には、1話の冒頭のシーンの絵(ライバル会社の車が横に並ぶ)まですでに出来ていたらしい。

・『SHIROBAKO』は制作進行を描いた作品ではなく、あくまで制作進行が見た様々なクリエイターの姿というのがポイント。この作品を30代の若さで作っていたら、もっと鼻息の荒い作品になっていたかもしれない。今の自分の年齢だからこそ、バランスの取れた描き方ができたと思う。この作品は業界の先人へのリスペクト。「次の世代にどう繋いでいくのか」を描ければと思っていた。

NHKの「なつぞら」は東映動画のあの頃のカンカンガクガクの一体感が描かれている。真剣に自分の意見を言い合えるような職場。京都アニメーションのクリエイターにも同じ姿勢が感じられる。いいものを作ろうという熱意が伝わってくる。今のアニメーションの一般的なクリエイターよりもポテンシャルが高いと思う。これはひとつの理想である。僕も自社の中でわいわいがやがや言い合いながらモノを作る環境を今整えているところ。

・クリエイターは自分がどう見られているのかを分かっていないと良いものはできない。今自社でやろうとしていることは、間に合わせでたくさん「えいやっ」と作ってしまうのではなく、数人単位で作ったものを他のクリエイターがどう評価するかという「評価会」の時間を仕事の合間に作ることだ。カメラワークやカット割りや重心移動など、技術者の視点がないとできない評価をし合う会である。

・森脇 京都アニメーションがまさにそんな雰囲気で、打ち合わせの場でも監督ではない色彩設計の人が延々と自分の意見を熱く語ったり、「ここからデラちゃんが出てきたら面白いよね」とか色々な立場の人が自由に意見を出し合って、そこからまた話が膨らんでいく印象がある。

・それは長い時間をかけて培ってきた社内文化、あるいは社内の空気だと思う。京都アニメーションは何十年もかけてひとつの理想的な組織体を作り上げた。そのようなことを成し遂げた会社が現実にあるということは、僕らにとって大きな励みになる。作品を創ることへの熱い想いをお互いにぶつけ合い、遠慮なく何でも言い合える一体感のある制作現場をうちも目指したい。

・森脇 地方でスタジオを運営する上で東京と違う点は何か?

・富山という土地にいれば、文化の最先端である東京への憧れがあってもおかしくはない。若い人は特にそうだ。それは京都に住む人とともまた違う感覚だと思う。この地で何十年もアニメを作っていくためには、優れた人材を集めて維持し続けなくてはならないが、それは都会よりも遥かに時間がかかる。しかし都会は都会で人材の流動性が高いという問題もある。

・組織を作ること、社内文化を育てることは、長期的に取り組まないといけない。そこにいるスタッフ全員が同じヴィジョンを持ち、それに賛同していないと達成できない。人を育てること、強いチームを作ることは、人の流れが激しいと難しい。そういう側面だけで見れば、人材の流動性は低い方が良いということになる。

・しかし一方でクリエイターという人種は、ひとつのことに縛られたくない、決まっていることを破壊したくなるという願望を持っており、それも大事な感性のひとつである。この双方の気持ちをバランス良く保てることが大切である。

・森脇 P.A.WORKSは、京都アニメーションに比べて外部のリソースをうまく使う印象がある。

・それはあまり意識していないが、表現のマンネリ化を避けるためには新陳代謝が必要であるし、社内の中で固まってしまうのを打破するためには、皆を刺激する人がいた方が良い。京都アニメーションは、内部ですでにそういう意識を持っているのではないか。

・『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の動画を見たとき、これほどの情報量を持った絵を動かすなんて他ではとてもここまではできないと思った。一体どこまで技術力を上げていくのか、まるで修行僧のようだ。

・ただアニメーションの表現は、情報量の緻密さだけで評価されるものではない。絵としての表現の魅力は他にもあると思っていて、息抜きのような方向性も考えてみたい。

・森脇 京都アニメーションの表現は、同じ線上を辿りながらえげつないまでの動きに進化してきている。それは『けいおん!』の楽器→『響け!ユーフォニアム』の運指→『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の義手という流れに見られる。

・あの原画に応えられる動画マンが自社内にいるということが大事。あのクオリティでそのままよその会社へ出したら、間違いなく目をむかれる。そして大抵くにゃくにゃの動画になって返ってくる。

・森脇 最初に『ユーフォニアム』の企画を伺ったとき、「楽器はCG?」と聞いたら「いや手描き!」とニヤニヤしながら答えが返ってきた。努力する人が皆そのことに喜びを感じている。挑戦すべき課題を設定し、それを達成することで皆の体験になっている。

P.A.WORKSは来年で20周年を迎える。社員の人数的には目標まであと3年くらいはかかると見込んでいる。そこから若手のレベルを引き上げるまで更に4~5年。チームがひとつの理想形になるには、やはり30年はかかるのではないか。

・どうやって人の面倒を見ることのできる時間を作り出すか。技術を教えこんでも逃げられてしまっては意味がない。ということは、やはり組織的に固定給にしないと無理。うちも社員にしてからやっと教育体制を整えることができた。先に述べた「評価会」のようなものも含めて1週間のうちに数時間でもそうした時間を作るようにしている。誰かに任せる「徒弟制度」ではもう維持していくのは難しい。

・熱い想いを持ったクリエイターたちがわいわいがやがやと意見をぶつけ合って一斉に何かひとつのものを作っていく、その鳥肌の立つような感動を味わいたい。『SHIROBAKO』の第12話はまさにそんな自分たちの想いが込められている。

・森脇 2020年2月には『劇場版SHIROBAKO』が公開される。

・本日、これから最終シーンのアフレコに立ち会ってくる。

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 14:00から始まったトークは終了予定の15:00を15分もオーバーする熱の入りようでした。堀川社長は一貫して組織作りと人材育成の重要性を指摘され、その理想的なあり方を実践しているのが業界の先輩である京都アニメーションであることを幾度も強調されました。堀川社長が同社へ寄せる強いリスペクトを感じることのできた貴重なひとときでした。


(2019/11/01 記)

*1:上映されたのは、『涼宮ハルヒの消失』『劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~』『映画けいおん!』『たまこラブストーリー』でした。

*2:富山県南砺市に本社を置く日本のアニメ制作会社。代表作は『true tears』『Angel Beats!』『花咲くいろは』『有頂天家族』『SHIROBAKO』『ウマ娘 プリティーダービー』『色づく世界の明日から』等、多数。

*3:京都アニメーションの作品では、『たまこまーけっと』『たまこラブストーリー』『響け!ユーフォニアム』シリーズにおいて取材協力をされています。

*4:「日本のアニメーションの父」 政岡憲三の足跡を振り返ることも、第11回京都ヒストリカ国際映画祭の大きなテーマでした。政岡憲三 - Wikipedia

*5:一本の作品の企画から制作までおこなう会社を「元請け」といいます。この「元請け」となる制作会社から話数単位で演出、作画、背景美術、仕上げ、撮影までまるごと受注するのが「グロス請け」です。

*6:花咲くいろは』の中で描かれた架空の神事。作品から逆輸入する形で放映後の2011年10月に湯涌温泉の祭事として実際に執り行われ、以後、毎年秋に開催されています。すでにアニメ発祥という由来を知らない人も増えてきているという点で、アニメによる地域振興の中でも極めて興味深い事例と言えます。湯涌ぼんぼり祭り - Wikipedia

*7:true tears』の主要な舞台となったのが南砺市城端(じょうはな)でした。P.A.WORKSは、2016年に南砺市城端地域の「桜ヶ池」のほとりに本社を移転します。この場所は東海北陸自動車道城端SA」の城端ハイウェイオアシスの中にあります。

*8:アニメーション監督、演出家、脚本家。P.A.WORKSでは『true tears』の他に『グラスリップ』を監督されています。筆者のような年齢(50代)だと、押井守監督の『うる星やつら』のTVシリーズや『うる星やつら2  ビューティフル・ドリーマー』の演出、『らんま1/2 熱闘編』の監督として、そのお名前を記憶されている方も多いのではないでしょうか。

*9:花咲くいろは』『SHIROBAKO』『サクラクエスト』の3作品。

*10:その後もP.A.WORKSでは『TARI TARI』『SHIROBAKO』『ハルチカハルタとチカは青春する~』を手掛けていらっしゃいます。

*11:アニメーション監督。代表作『ガールズ&パンツァー』『侵略!イカ娘』『おおきく振りかぶって』『xxxHOLiC』等、多数。ちなみに2001年の監督作品『ジャングルはいつもハレのちグゥ』の数話を京都アニメーショングロス請けしており、コンテ・演出・作画に当時の京アニスタッフの名前(武本康弘さん、山本寛さん、池田和美さん等)を見ることができます。ジャングルはいつもハレのちグゥ - Wikipedia

【レポート】『この世界の片隅に』公開記念!ネタバレ爆発とことんトーク!@新宿ロフトプラスワン(2016/11/20)

(記事公開後、多くの方々よりご指摘・アドバイスを頂戴し、ニュアンスの違いで誤解を与えそうな表現や当方の明らかな誤認識にあたる箇所を修正いたしました。ありがとうございました。2016/11/23)

2016年11月20日(日)に新宿ロフトプラスワンにて開催された「『この世界の片隅に』公開記念!ネタバレ爆発とことんトーク!」の簡易レポートです。


元々はレポートを書くつもりはなく、いつものようにメモ帳を手元に置いて、興味を引いた箇所だけ随時メモっていたのですが、イベント終了後、twitterでその一部を呟いたところ、こちらの想像を遥かに越える反響があり、このトーク・イベントへ寄せるファンの皆さんの関心の高さに驚かされることになりました。f:id:los_endos:20161121220228p:plain
新宿ロフトプラスワンへ下る階段脇にある告知。

以下のレポートは、先にtwitterで紹介した文章を補足した上で再録し、呟けなかった内容も大幅に追加したものです。またtwitterでは時系列も発言者も分からないランダムな書き方をしましたが、ここでは第1部~第3部までの流れに沿った形で採録します。ただし上述の通り、レポート作成を目的としたメモ録りではないので、トークのすべてを書き取っている訳ではありません。その点はあらかじめご容赦ください。また適当なメモであるため、事実誤認があるかもしれません。その点についてはご指摘いただければありがたく思います。


なおイベント冒頭に主催者からの注意事項として、SNSでの情報の拡散はOKだが、

1.映画を観ていない人のためにネタバレに類することは呟かないでほしい。
2.オープンにされるとまずい内容については、司会者から指示するのでオフレコにしてほしい。

というお願いがありました。

最初の1.については、ブログ内なので特に問題はないと思います。ここから先は自己責任で進んでくださいと言うに留めておきます。2.については、途中で「ここは書かないで」というシーンが実際にありました。この部分については仰せの通り、記事にはしていません。また特に指示はなかったものの、これは書くべきではないと思われる箇所についても自主判断で掲載を控えています。元々すべてのトークをメモ録りできていたわけでもないという事情も含めて、当記事はコンプリート版ではありません。あらかじめご了承ください。

 

第1部
登壇者:片渕須直(監督)、こうの史代(原作)、真木太郎(プロデューサー)
(敬称略)
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壇上左から2人目が片渕須直監督、右に原作者のこうの史代さん、真木Pの順。第1部のみ撮影OKでした。


・監督はかなりお疲れなのか、オーダーしたドリンクはいきなり「レッドブル」。

・上映2週目を迎えたが、1週目より興行収入が上回っている。この土日だけで2割増し。週間ベースなら恐らく5割増しまでいけるのではないか。こういう作品は年にせいぜい1~2本くらい。本作はまさにこれだった(真木)。

・儲かって悔しがっている人がいる(真木)。

・60~70歳代の客層が多いので、学生や勤め人が観られない平日昼間の客席の埋まり具合が非常に良い(片渕)。

・ネットの情報に詳しくないこの世代の方々に広まってきたのは、新聞・ラジオ・NHKの宣伝が大きいと思う。民放のテレビ局はある事情でこの作品の宣伝や紹介をしてもらえない。この映画を周知する上で一番大きな働きをしているのがSNSの書き込み(真木)。

・今回は失地回復のための負けられない戦いだった(片渕)。

・この作品はプロデュースに反対する人が多かった。こんな作品は世の中は欲していないと決めつけられた(真木)。

東日本大震災の当日17:00に双葉社で会議の予定があって、ヘルメットを被っている人達の脇をくぐりぬけて双葉社へたどり着いたら「来たんですか」とびっくりされた(片渕)。

・最初のロケハンはその後の2011年5月。そこからも長く予算がつかず、雇っているスタッフ3人分の給料を全部立て替えていた(片渕)。

クラウドファンディングの初日、もし金額の伸びが悪いようなら自分が100万円ぶっこんでやろうと思っていた。しかし数時間で予想以上の金額になったので、その必要もなくなり取り止めた(真木)。

・ちなみに100万円という出資枠は、実際に100万入れる事態になった時を想定して自分用に用意していたもの。結局、自分以外にも誰もこの額で出資する人はいなかった(真木)。

・制作費は当初の想定の40%分をカットした。その結果、絵コンテも大幅に切った。その時カットしたコンテは、今販売している絵コンテ集にも載っていない。最初のコンテは2時間30分くらいだった(片渕)

クラウドファンディングに参加していただいた3,374人の皆さんがこの映画の初日を支えてくださったと思っている(真木)。

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【舞台探訪】映画『聲の形』 舞台ガイド(暫定版)+作品考察メモ(Part.1)

本稿は9月17日に公開された山田尚子監督の映画『聲の形』の舞台探訪記事(暫定版)+作品考察メモです。一本の記事で映画全編を紹介するのはボリューム的に不可能なので、ストーリー順に幾つかに分けてご紹介します。今回はそのPart.1です。

「舞台ガイド」の(暫定版)と銘打っているのは、DVD&Blu-Rayが発売されていない現時点(10月下旬)では特報や予告編のキャプチャーしかないため、掲載した写真のほとんどは映画を観た記憶に基づいて取材したものであり、キャプチャーつきの完全版に向けての第一段階の記事と位置づけているからです。「作品考察メモ」とあるのも、今後執筆するかもしれない作品考察のためのメモをストーリーの要所要所に備忘録として残しておくという趣旨です(執筆しない場合はここでのメモが作品考察記事そのものに昇格します(笑))。

従いまして、まだまだ(完全版)とは言えない記事ではありますが、ストーリー順に写真を掲載し、かつ出来る限り劇中のカットに合わせて撮影しています*1ので、あのシーンのあの場所はどこだろう?と知りたい方にとっては、てっとり早くご利用いただける記事になっていると思います。なお劇中のキャプチャーは場面の説明に不可欠な場合を除き、基本的に掲載しません。キャプチャーつきの舞台探訪記事は(完全版)にリニューアルするまでお待ちください。
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(上)映画公開後の"聖地"大垣コロナシネマワールドのロビーの様子。アニメの複製原画が展示されていました。

このようなコンセプトの記事ですが、写真に添えた場面の説明文や台詞を読み進めているうちに映画を追体験できるような記事になっていれば、作り手としてこれに勝る喜びはありません。掲載した写真の多くは映画公開後にあらためて現地を訪問して撮影したものが主ですが*2、一部は原作探訪時に撮影した写真を流用しています。あらかじめご了承ください。f:id:los_endos:20161017164535p:plain
(上)平成28年10月8日に大垣コロナシネマワールドで行われた舞台挨拶後の山田尚子監督と将也役の入野自由さんのサイン。


なお、大今良時さんの原作全7巻の舞台探訪+考察記事はこちらにあります。適宜ご参照ください。原作の考察も映画を読み解く上で多少は役に立つはずです。
またこれらの記事の中で私は手話の解説を幾つか試みています(拙いものではありましたが)。それらは映画の中にそのまま登場したものもあれば、異なる手話で描かれたものもあります。映画をご覧になったときに台詞や説明がなくて意味が掴み取れなかった手話の幾つかは、この原作版の記事でご確認いただけるかもしれません。合わせてご笑覧いただければ幸いです。 

・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第1巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第2巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第3巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第4巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第5巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第6巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第7巻


原作版で作成したマップ(地図)も映画版でほぼそのままご利用いただけます。ただし映画で初登場となった舞台も幾つかあるので、映画専用のマップもあらためて作成いたします(当記事の末尾に掲載します)。下記の原作版マップと合わせてご利用ください。
・『聲の形』(原作):舞台マップ

 


さて、舞台探訪の記事に入る前に、映画の感想と総括的な考察メモをここに掲載しておきます。舞台背景の写真や情報を早く知りたい方は、ここからしばらく長々と続く駄文は全部すっ飛ばして先へ進んでください。

*1:2016年10月22日時点で18回鑑賞しているので、それほど的外れの写真にはなっていないはずです。

*2:2016年10月8日~10日にかけて大垣・養老・岐阜を再取材しました。

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【舞台探訪】『聲の形』(原作):第7巻

【注意!】当記事では原作の内容の詳細について触れることになります。原作未読の方でネタばれを避けたい方はここから先へは進まないでください。

大今良時さんの漫画『聲の形』の舞台探訪の記事、最終巻となる第7巻の紹介です。

聲の形(7)<完> (講談社コミックス)

聲の形(7)<完> (講談社コミックス)

 

→前回までの記事はこちらです。
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第1巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第2巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第3巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第4巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第5巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第6巻

■第7巻について
硝子の慟哭に呼び覚まされるかのように長い眠りから目を覚ました将也。そして彼もまた導かれるようにあの橋へ・・・。『聲の形』全編のクライマックスです。

物語は佳境を迎え、やがて将也と硝子、そして仲間たちの進路と卒業、翌年の成人式の場面で終幕となります。


■舞台探訪 『聲の形』(原作):第7巻
※各シーンの場所情報はGoogle Mapにまとめてあります。各々の場所を確認されたい方は、当記事末尾に掲載しているMAPを拡大してご覧下さい。

■表紙絵 
第2巻の解説でも書きましたが、『聲の形』の表紙絵は各巻を象徴する場所を背景として左側に将也、右側に硝子の立ち姿が描かれ*1、二人の他には誰も描かれていません。
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そして第7巻の裏表紙で初めて、結絃、永束、植野、佐原、川井、真柴たちの姿が描かれることになります。「みんなのことをもっと知りたい」と将也の意識に変化が訪れたことを物語る印象的なカットです。

扉絵
養老鉄道車内
これは養老鉄道の車両内です。将也と硝子が養老公園へ遊びに行った日の光景でないことは、二人の衣服を見れば一目でわかります。f:id:los_endos:20160913194139p:plain
それにしてもこのイラストの静かな迫力には目を見張ります。まるでこの世ならざる場所への逃避行のようです。お互いの姿が見えていないかのように決して視線を交えることのない将也と硝子。こんなにも似ているのに、こんなにも近くにいるのに、見ている視線の方向はバラバラで、手を伸ばせば触れることもできる距離にいるのに虚脱したように無関心な様子は、お互いの心が大きくすれ違ってしまったあの日の心象風景なのかもしれません。真っ白に漂白された二人の姿は幽界の住人であるかのようです。f:id:los_endos:20160913194452p:plain
(上)表紙絵の左上に描かれている換気扇も実際にありました。

P.14 1コマ目
美登鯉橋 MAP 03f:id:los_endos:20160913205517p:plain

*1:第6巻のみ例外。これについては第6巻の記事を参照してください。

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【舞台探訪】『聲の形』(原作):第6巻

【注意!】当記事では原作の内容の詳細について触れることになります。原作未読の方でネタばれを避けたい方はここから先へは進まないでください。

大今良時さんの漫画『聲の形』の舞台探訪の記事、今回は第6巻の紹介です。 

聲の形(6) (講談社コミックス)

聲の形(6) (講談社コミックス)

 

→前回までの記事はこちらです。
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第1巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第2巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第3巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第4巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第5巻
→本稿以降の記事はこちらです。
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第7巻

■第6巻について
「私と一緒にいると不幸になる・・・」。その言葉に抗うかのように、硝子の前では笑顔で振る舞う将也。その姿を見るごとに募っていく硝子の苦悩。そんな硝子が選んだ決断は自分がこの世からいなくなってしまうことでした。転落する硝子の腕を命がけで掴む将也の脳裏をかすめる様々な想い。二人が出会っていなければこんなことにはならなかったのか。これは運命なのか。小学生時代の因果にどこまでも呪縛される二人。そして硝子の身代わりのように落下していく将也。果たして二人の未来は・・・。

第6巻は将也が意識を失っていることで物語の語り手が不在となります。そのため、この巻では登場人物ひとりひとりの内面に章が割り当てられ、彼もしくは彼女たちの独白が続きます。その「心のこえ」を語らせる構成が見事です。そして各章の語り手にそっと黒い天使のように近づき、まるで触媒のようにその心に変化を与えていく硝子。将也の不在を巡る巨大な空洞の周囲で登場人物たちの心の有り方が変わっていきます。

 

■舞台探訪 『聲の形』(原作):第6巻
※各シーンの場所情報はGoogle Mapにまとめてあります。各々の場所を確認されたい方は、当記事末尾に掲載しているMAPを拡大してご覧下さい。

表紙絵
美登鯉橋 MAP 03
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第2巻の表紙絵の解説で書いた文章を再掲します。

『聲の形』のコミックスの表紙絵は、毎回、その巻を象徴する場所を背景として左に将也、右に硝子の立ち姿が描かれています。将也の目線は一定ではありませんが、硝子は必ずこちら(本を手に取った私たち)を見ています。例外は第6巻で、この巻のみ将也の姿はなく、硝子がただ一人虚ろな表情で水底を眺めています。

第6巻では物語の語り手である将也がマンションの階上から落下して意識を消失しているため、この巻では実質的に不在となります。そのため、表紙絵からも彼の姿が「消えている」訳です。水底から透かして見たようにゆらゆらと揺らめき歪んだ美登鯉橋と四季の広場。ぼんやりと虚ろな目線でひとり佇む硝子*1の足下は水中に沈んでおり、彼女自身も揺らめく幻影のようです*2。将也の不在を前に登場人物の誰もが意識の奥底で揺らめく「心のこえ」と向き合うことになる第6巻の表紙絵は、これ以上ないほどの象徴性をもって本巻の本質を描き出しています。

*1:その視線の先は、画面左側にいるはずの不在の将也を見つめているかのようです。

*2:『聲の形』の原作はカバーをはがした書籍本体の表紙にモノクロの原画が描かれています。第6巻の本体表紙を見ると、カバーに描かれた絵の歪みや揺らめきが原画時点のものではなくエフェクトをかけられたものであることがわかります。

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