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【舞台探訪】『映画けいおん!』:終わりに寄せて。

最後に『映画けいおん!』および『けいおん!』シリーズの終わりに寄せて、今の想いを少し書いておきます。


2011/12/3(土)の公開以来、深夜アニメの映画化という域を遙かに越えて大ヒットを記録した『映画 けいおん!』は、2012/6/1(金)の「新宿ピカデリー」での上映終了までの半年間、日本のどこかの劇場で必ず上映され続けているという異例のロングランとなりました(興行収入は19億円)。その後、3週間のインターバルを置いて、国内では最後のロードショー公開となる「イオンシネマ久御山」でのBD&DVD発売記念上映もこの7/6(金)でフィナーレを迎えました。


半年以上の期間、ほぼ週1~2回程度のペースで継続して劇場に通い続けていると客層の変化に気づかされます。公開直後の最初の2週間ほどは圧倒的に若い男性客ばかりだった(客席が黒かった)のが、半月経った頃から女性客の割合が増えていき、冬休みに入る頃には唯たちと同年代の女子高校生くらいの女の子が何人か連れ立って観に来ている姿が目立つようになりました。また母親と一緒に来たらしい小学生くらいの女の子や、一人で観に来ている20代半ばくらいの女性、あるいは男女のカップル等等。口コミやネットで評判が広がっていったのか、年が明けた頃には客席の半分くらいを女性客が占めることも珍しくなくなっていました。


これは私の主観的な印象であって、裏付けとなる客観的なデータを持っている訳ではありませんが、京都で3つ、大阪で3つ、兵庫で1つ、和歌山で1つ、三重で1つ、新宿で1つの各映画館を渡り歩くように観てきましたので、統計的に見てそう極端な偏りはないと思います。またこれも主観ではありますが、劇場で全く見かけなかったタイプの客層は小中学生くらいの男子でした。これはどこの劇場でも同じでした。


普段、アニメ作品を観ることのないような客層にまで広く作品が浸透し支持されたこと。殊に女性の共感を得たこと。恐らくそれがこの映画の大ヒットとロングランに繋がった大きな要因のひとつではないかと考えています。私は決してジェンダーやセクシャリティで作品を論じるつもりはありませんが、主要な制作スタッフを女性陣で固めた『けいおん!』の成功の影には、やはり"女性性"の側面を見ない訳にはいきません*1


女性性と言っても腐女子的な観点のない、女性の視点から生まれて女性自身の共感を得られる普遍的なものです。山田監督の過去の発言を借りれば、

「女の子が登場するアニメは多いけれど、自分が女性の立場で見ていると、もっとこうしたほうがうれしいのにな、と思うことがあります。男性目線でかわいい女の子というのも大事ですが、女性が見て納得できるものにしたいという気持ちはありました」


−−きょうと府民だより 2010年10月号の「京都職人仕事百科」(第45回掲載分)より抜粋

という言葉に代表される世界観です*2。そういう意味では、この映画が公開から日を重ねるにつれて、次第に主要スタッフと同性である女性層の支持と共感を得るに至ったというプロセスは、他ならぬ山田尚子監督が一番望んでいた受け入られ方だったのかもしれません。


一方で『けいおん!』という作品は、後に続く者のないオルタナティヴな存在であるとも思うのです。一見すると今の時流に乗ってヒットした作品と見えつつ、実は現在のTVアニメの進化系統の本流ではない、かといって傍流でもない、いわば唐突に現れた特異点のような存在。ある意味でプロのアニメ評論家や、根っからのアニメ好きな人であればあるほど、この作品が大ヒットした理由が分からない、この作品はそういった性質を多分に孕んでいるのではないでしょうか*3


あるいはアニメの歴史を辿るよりもむしろ、例えば小津安二郎や溝口健二といった古い日本映画に源流を求めるべき独特のカメラワークや演出技法には、映画の歴史における隔世遺伝のような要素も感じられます*4。オーソドックスでいてオルタナティヴ、保守的でいて革新的、普遍的でいて個性的。山田監督が手掛けたこれまでの諸作品(監督・絵コンテ・演出)を詳らかに読み解くにつれ、そのような相反する要素が無理なく端正に同居していることに強い感銘を受けます*5


今後、『けいおん!』の亜流は生まれてきても、正当な嫡流は出てこないのではないか。山田監督の志向するもの、描き出そうとする世界は、やがて京都アニメーションの一連の作風からも逸脱し、いつかアニメから離れていく可能性すら秘めているのではないか・・・。確たる根拠はありませんが、そのような予感がします。今回はこの点について語ることは控えますが、『けいおん!』の後を継ぐ者は、やはり山田尚子監督自身を置いて他にはいないのかもしれません。


最後に山田監督が『けいおん!』シリーズを終えた後の心境を語ったインタビュー記事をリンクしておきます。監督がどれほど『けいおん!』という世界にのめりこみ、まるで作品に仕える巫女のように禁欲的に自らを律して制作に臨んできたかを伺い知ることのできる貴重な内容です。ぜひご一読を。
続編が望まれる映画 「けいおん!」山田監督 「ソフィア・コッポラみたいな女の子の映画を撮りたい」

「個人的にもまだまだやりたいけれど、今終われば美しい。テレビシリーズを2期やって今回の映画ですっぱり終わるということも1つの青春の形としてはいい結末だと思います」


「すべてが終わった時に人と話すことがなくなっていて、一瞬、路頭に迷いました。『けいおん!』のことしか考えていなかったなと思いました。(中略)大好きだった音楽も、作品に影響を与えるという想いから聴かなくなった。すべては『けいおん!』のためで、邪魔しないようにしていましたね。人が変わってしまいました(笑)。より真面目になって、作品を真剣に愛することを覚えましたね」


(実写映画にも興味があるというが)「まだまだアニメーションの世界では半人前なので、表現の確立を目指したいと思っています。なので、実写を考える段階はまだまだ先ですね」


−−山田尚子監督


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(2012/7/16 記)

*1:監督:山田尚子、脚本:吉田玲子、総作画監督:堀口悠紀子の三氏の存在は、今や三巨頭の風格すら感じさせます。また『けいおん!』の歌を支えた作詞家の大森祥子さんの存在も忘れてはなりません。

*2:映画公開前の山田監督のインタビューの中には「萌えがどういうものなのか知らなかった」という発言もありました。

*3:別の見方をするなら、これまでアニメに興味のなかった人や、アニメに関心を失っていた人たちを数多く惹き寄せたということだと思います。私も含めて。

*4:山田尚子監督だけでなく脚本の吉田玲子さんもインタビュー内で何度も小津の名前に言及しています。

*5:念のため、山田尚子監督のこれまでのキャリアを整理しておきます。監督作品は今のところ『けいおん!』シリーズのみ。演出・絵コンテ担当回は『CLANNAD』17話・番外編、『CLANNAD~AFTER STORY~』3話・10話・16話・最終話、『涼宮ハルヒの憂鬱(2009年版)』20話、『日常』5話・17話、『氷菓』9話(以上、2012/7/12現在のもの)この後『氷菓』14話の演出・絵コンテが予定されています。