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【小論】『坂道のアポロン』:ムカエレコードの棚にある14枚のJAZZ名盤 + 『けいおん!』のジャズ研とのつながり

小論 坂道のアポロン 音楽 けいおん!

2012年春のノイタミナの新作『坂道のアポロン』。

原作未読の私はこの物語がどういう内容なのかを全く知りませんでしたが、同作品の公式サイトを覗いてみて、昭和40年代前半のJAZZを巡る物語であることを知り、関心を抱いた矢先に公式サイトにアップされた予告編のドラムの演奏シーンを見て唸りました。これは凄い!

リンク先の予告編を一見するだけでお分かりいただけると思いますが、ここでのドラム・プレイはおよそアニメとは思えないほどリアルで滑らかな動きをしています。実際のミュージシャンの演奏を元にモーション・キャプチャーを駆使して作られたのでしょうか*1。演奏の音と描写との間にまったくズレがないのは当然として、目の前でプレイしているようなダイナミックな臨場感までパッケージングしたかのような描写は圧巻です。更には予告編にArt Blakeyの名盤"Moanin'"のLPジャケットが映し出される(直後のBGMにも使われています)に至って「これは絶対観なくては!」と久々に心湧き立つ興奮を覚えました。

そして先日、関西では初回放映となる第1話を視聴しました*2
物語はまだほんの序章で、主要人物である主人公の西見薫に川渕千太郎、迎律子のメインキャスト3人の出会いと薫のJAZZへの目覚めを描くプロローグ的な展開でしたが、安易な萌え要素など皆無の骨太で重厚な手応えを感じさせる好印象の第1話でした。


物語の舞台は1966年夏の長崎県佐世保。古くは旧海軍の軍港が置かれた港町であり、現在も米海軍と海上自衛隊の基地であるこの街は、米国文化の息吹きをどこよりも早く輸入してきたという意味でJAZZをテーマとするこの物語にうってつけの舞台と言えるでしょう。物語の背景である1966年と言えば、英米のポピュラーミュージック・シーンにおいてRockの台頭が著しく、世界の音楽地図がまさにRock一色に染まろうとしていた頃です。一方のJAZZもまたRockから受けた刺激を取り込み、更なる創造の高みへと急速な進化を続けていた時期でした。またこの頃は、モノラルからステレオ録音への移行期という録音技術におけるイノベーションの時代であり、レコードプレーヤーが一般家庭に普及し始めたことで、私的空間で音楽を鑑賞する環境が急速に広まった時代でもありました。


第1話で登場する律子の家は、市内にあるレコード屋「ムカエレコード」です。Bパートで店内の様子が描かれますが、そこに陳列されているLPレコードのジャケットの描写はどれも非常に緻密です。JAZZのレコードは店舗入口から奥に向かって右手の棚にあるようで、ジャケットをこちらに向けて並べているレコードは全部で14枚。音楽好きの私には見てすぐに分かるものばかりだったので、今回はそのアルバムを全てご紹介しようと思います。いずれもJAZZ史に残る名盤ばかりです。

画像をクリックして「オリジナルサイズを表示」を選択すれば拡大してご覧になれます。


上段:Left to Right
(1)"A Night at Bird land Vol.1" / Art Blakey and The Jazz Messengers(1954) Blue Note
 (バードランドの夜 Vol.1 / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ

バードランドの夜 Vol.1

バードランドの夜 Vol.1

(2)"Somethin' Else" / Cannonball Adderley(1958) Blue Note
 (サムシン・エルス / キャノンボール・アダレイ(3)"Bag's Groove" / Miles Davis(1954) Prestige
 (バグス・グルーヴ / マイルス・デイヴィス
Bag's Groove

Bag's Groove

(4)"Four & More" / Miles Davis(1964) Columbia
 (フォア&モア/ マイルス・デイヴィス
フォア&モア

フォア&モア

(5)"Kind of Blue" / Miles Davis(1959) Columbia
 (カインド・オブ・ブルー / マイルス・デイヴィス(6)"Maiden Voyage" / Herbie Hancock(1965) Blue Note
 (処女航海 / ハービー・ハンコック
処女航海

処女航海

(7)"Saxophone Colossus" / Sonny Rollins(1956) Prestige
 (サキソフォン・コロッサス / ソニー・ロリンズ(6)のハービー・ハンコック「処女航海」は、丁度律子の頭に隠れて見えにくい位置にありますが、以下の別のカットではっきりと確認できます。


下段:Left to Right
(8)"Sonny Clark Trio" / Sonny Clark(1957) Blue Note
 (ソニー・クラーク・トリオ / ソニー・クラーク

Sonny Clark Trio

Sonny Clark Trio

(9)"Sunday at the Village Vanguard" / Bill Evans(1961) Riverside
 (サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード / ビル・エヴァンス
Sunday at the Village Vanguard: Keepnews Coll

Sunday at the Village Vanguard: Keepnews Coll

(10)"Portrait in Jazz" / Bill Evans(1959) Riverside
 (ポートレイト・イン・ジャズ / ビル・エヴァンス
ポートレイト・イン・ジャズ+1

ポートレイト・イン・ジャズ+1

(11)"Waltz for Debby" / Bill Evans(1961) Riverside
 (ワルツ・フォー・デビイ / ビル・エヴァンス
ワルツ・フォー・デビイ+4

ワルツ・フォー・デビイ+4

(12)"Relaxin'" / Miles Davis(1956) Prestige 
 (リラクシン / マイルス・デイヴィス
Relaxin With the Miles Davis Quintet (Reis)

Relaxin With the Miles Davis Quintet (Reis)

(13)"Monk's Music" / Thelonious Monk(1957) Riverside
 (モンクス・ミュージック / セロニアス・モンク
モンクス・ミュージック

モンクス・ミュージック

(14)"The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery" / Wes Montgomery(1960) Riverside
 (インクレディブル・ジャズ・ギター / ウェス・モンゴメリーこちらも(11)のビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」が、中央の男性客に隠れて見えませんが、この人が少し右へ動いた瞬間に僅かですが視認することが出来ます。

(13)のセロニアス・モンク、(14)のウェス・モンゴメリーは以下のカットで確認可能です。


次にレコード棚以外のカットに登場したアルバムも紹介しておきましょう。
ひとつは予告編にも登場し、第1話のサブタイトルになったこのアルバム。


(15)"Moanin'" / Art Blakey and The Jazz Messengers(1958) Blue Note
 (モーニン / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ

Moanin

Moanin

もうひとつは非常に分かりづらいのですが、ムカエレコードの入口の扉に貼られている"時計"です。


これはエリック・ドルフィーの遺作となった名盤「アウト・トゥ・ランチ」のジャケットの一部です。なぜ時計の部分だけ拡大して貼られているのかは謎ですが。


(16)"Out to Lunch!" / Eric Dolphy(1964) Blue Note
 (アウト・トゥ・ランチ / エリック・ドルフィー

アウト・トゥ・ランチ

アウト・トゥ・ランチ


さて、アート・ブレイキーマイルス・デイヴィスの名前が出てきたので、ちょっと視点を変えて、これらのミュージシャンとアニメ『けいおん!』との繋がりについて少しお話ししておきます。


けいおん!!』2期第5話『お留守番!』で、ジャズ研の部室の壁にアート・ブレイキーマイルス・デイヴィスそれぞれのLPレコードが飾られていることにお気づきでしょうか?まず部室入口の扉のすぐ横に貼られているこのアルバム。

(17)"Mosaic" / Art Blakey and The Jazz Messengers(1961)Blue Note
 (モザイク / アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ

MOSAIC

MOSAIC

それからこちらのシーンで壁に掛けられているのは、「ムカエレコード」では(5)の位置に置かれていたマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」。モード・ジャズを確立した歴史的傑作です。

けいおん!』のジャズ研が、ビッグバンド形式なのかコンボ形式の集まりなのかは不明で、そもそもどういった音楽性を志向しているのかを直接的に窺い知ることは出来ません。ただ元々はジャズ研への入部志望だった梓がその演奏を聴いて「本物のジャズっていうのとは少し違ったかな」と入部を見送っていることを考えると、前者の傾向が強いのではないかと思っているのですが、先の2枚のアルバムのジャケットが麗々しく壁に飾られている様子を見ると、それほど単純に割り切ってしまうという訳にもいかないようです。ちょっとした謎です。


なお梓の自宅のリビングルームにずらりと並ぶ膨大な量のレコードコレクションの中にも、実在するJAZZアルバムが何枚も描かれています。そこから見えてくるひとつの傾向は、『坂道のアポロン』第1話に登場したアルバムがJAZZ入門編といっても良い比較的有名な作品を描いているのに対して、『けいおん!』で取り上げられているJAZZのアルバムは結構マニアックで、それなりにJAZZに通じている人でなければすぐには出てこないようなミュージシャンや作品が多いということです。


坂道のアポロン』はまだ第1話。2009年に発売された原作のイメージ・アルバムや、もうすぐ発売予定のTVアニメのオリジナル・サウンドトラックCDに収録されている曲目を見ると、今話ではなぜか1枚も登場しなかったJohn Coltraneジョン・コルトレーン)のアルバムも重要なモチーフとして取り上げられそうな様子です。恐らく要になるのは"My Favorite Things"でしょう。楽しみです。

坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック

坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック

アニメ 坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック

アニメ 坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック

もう少し書いておきたいことがあるのですが、続きはこの後の記事で。


(2012/04/20 記)

*1:第1話のEDクレジットを見ると、薫のピアノと千太郎のドラムにはそれぞれ専任のミュージシャンが割り当てられていることが分かります。

*2:ノイタミナは関西では毎週火曜深夜帯での放映。