【舞台探訪】『言の葉の庭』~六月其の一(1/4)

新海誠監督の映画『言の葉の庭』(2013年)の舞台探訪の記事です。

まずは映画の感想を少々。



実を言うとそれほど多くの期待をもって観に行った訳ではありませんでした。他ならぬ新海誠監督の新作なので劇場で観られる内に観ておかないと・・・という半ば義務感にも似た思いだったような気がします。しかし劇場を後にする頃にはすっかりこの作品に魅了され、いつまでも映画の余韻に浸りきっていました。


新海誠監督の代名詞とも言える繊細で緻密な風景描写は更に深化し、清冽な雨に濡れた新緑は息を呑むほどに美しく、雨後の清々しい空気と匂い立つような緑の香りに劇場が満たされていくようでした。素肌に触れる雨の雫のひんやりとした感触まで自分の肌に残っているような気がしました。


Scene00:キービジュアル 
Map00



(上)『言の葉の庭』キービジュアルより   
(下)新宿御苑にて撮影


劇場のシートに身を沈めているにも関わらず、今まさに雨の新宿御苑に佇んでいるような、映画館の暗闇にあるはずのない雨の匂いや風の心地や日照りの暑さを肌に想起させるような共感覚的な至福。風景が何よりも「物語」を物語るという意味で、これは一篇の映像詩と呼ぶに相応しい作品でしょう。上映時間46分という短い作品だけあって物語の構造は非常にシンプルですが、それ故にでしょうか、この作品はどこか世に出た瞬間からスタンダードとなって語り継がれるような古典的な風格を備えています。


映画館の中で主人公のタカオやユキノと同じように雨に濡れ、風に吹かれ、突然の驟雨に打たれ、濃密な雨の匂いと湿気を孕んだ土の匂いを嗅ぎ、雨のしぶきを肌に受ける感覚を味わうこと。それは途轍もなく映画的な官能であり、これはまさに劇場で観るべき作品です。Blu-rayやDVDをモニターで観るだけでは絶対に得られない、映画館の暗闇の中でしか体感できない陶酔があります。

生きることに不器用なユキノも、自身の夢に手を伸ばすことに躊躇いのあるタカオも、二人とも"歩き方"が 分からなくなってしまって、一歩前へ踏み出すことに臆病になっています。お互いに歳も名前も知らない二人が、東屋(あずまや)で幾つもの言葉を重ね、やがて惹かれ合うようになるのは、心の中に同じ孤独感や脆さを抱えていたからに違いありません。その二人が次第に打ち解けて心寄せ合うようになる過程から、互いの素性を知り、激情を迸らせるクライマックスに至るまで、傷つきやすさや弱さをも愛おしいものとして描き出す監督の視線の優しさに触れた時、気がつけば私はもう完全にこの作品の虜になっていました。作品の舞台となった新宿御苑に行ってみたい、タカオやユキノが見たであろう風景を実際に目にし、その空気に触れてみたい・・・。そう願うようになるまで、それほど多くの時間はかかりませんでした。


■舞台探訪 [六月其の一]
※各シーンの場所情報はGoogle Mapにまとめてあります。各々の場所を確認されたい方は、当記事末尾に掲載しているMapを拡大してご覧下さい。
※各シーンの時刻はBlu-ray/DVDの再生時間です。再生プレイヤーによって若干のズレがあるかもしれません。


前述した通り、『言の葉の庭』の主要な舞台は新宿御苑です。タカオとユキノの逢瀬の場となった東屋もその中に実在します。御苑の外の風景も主にJR新宿駅千駄ヶ谷駅周辺に集中しているため、新海監督の作品としては場所特定から取材に至るまで比較的容易な部類に入ると思います(勿論、『秒速5センチメートル』などに比べればの話です)。


以下、映画のストーリー順に紹介していきます。対象としたカット数は厳選して99枚。各々の時刻のカウントはBlu-ray/DVDの再生時間です。再生プレイヤーによって若干のズレがあるかもしれませんが、その点はあらかじめご了承ください。全四章の記事に分けてリリースいたします。いずれの写真もクリックして頂ければ、拡大してご覧になれます。また現時点で未特定の場所についてはキャプチャのみ添付して、継続取材対象といたします。
写真は主に2013年6~7月に撮影しました。劇中と同じく新緑の美しい梅雨から初夏にかけての頃でした。

「だから空の匂いを連れてきてくれる雨は好きで、雨の朝はよく、地下鉄には乗り換えずに、改札を出る」 
(『言の葉の庭』)

01:05 Scene01:JR新宿駅 
Map01



いきなり難易度の高いカットです。左側に見えるギザギザの構造物は新宿ルミネエスト店の壁面です。カットの右側に描かれているビルの看板は、写真を見て頂ければお分かりの通り、新宿通りの雑居ビルの看板です。これらの配置から推察して、一般人が最も近いアングルで撮影できる場所は、COMME CA STOREか隣のメガネスーパーのビルくらいしかありません。今回はCOMME CA STOREの5Fカフェの許可を得て西側の窓から撮影させて頂きましたが、それでも高度が足りません。


更に言うなら、カットに見られる左側のルミネエストの壁面と右側のビルの看板はかなり接近しており、かつルミネの壁面もズームアップ気味に描かれています。ということは、もっと傾斜角度の大きなポイントから撮影されたということになりそうです。今回の取材では正確な撮影場所を特定するだけの時間がなかったため、あくまで諸々の可能性を検討する参照点のひとつということでCOMME CA STOREの5Fカフェからの写真を掲載しておくことにします。

アルタ前の公園から北西の方角にあるビルの看板がほぼ一致します。

看板の一致度がお分かり頂けるでしょうか。この比較画像はクリックして拡大した方が見やすいと思います。

そのまま振り向くと右側にルミネエストのギザギザの壁面が。恐らく撮影ポイントはその向こうにあるはず・・・。

ロケハンの場所はCOMME CA STOREか、それともメガネスーパーのビルなのか?

COMME CA STOREの5Fはカフェです。今回はそこから許可をもらって撮影させて頂きました。


【2013/10/6追記】
その後、正確な撮影ポイントが分かりました(撮影:2013/09/29)。


ルミネと看板の間の距離、JR線の下の防音塀、アルタ前公園の常緑樹の位置関係。100%ここで間違いありません。撮影ポイントは一般人立ち入り禁止の場所ではありませんが、一応の許可を得て撮影させていただいたこともあり、扱いにはやや注意が必要との判断から、MAPでの情報は差し控えさせていただくことにします。ご了承下さい(COMME CA STOREのままにしておきます)。


01:10 Scene02:JR新宿駅ホーム(総武線車両) 
Map02



離れた位置から撮影した写真を拡大・トリミングしていますので、若干画像が粗くなっています。


01:19 Scene03:JR新宿駅ホームから見るNTTドコモタワー 
Map02



奥のルミネの建物は描かれていません。


雨のJR新宿駅。車両から吐き出される人の群れに押し流されながら、不意に空を見上げるタカオの姿。
彼の視線の先にあるホームの屋根のギザギザの形状と電線とガイシが、その向こうに聳え立つNTTドコモタワーと重なり合うこのアングルは、中央・総武線(千葉方面行き)の13番線ホーム7号車乗降口付近と推察されます(Scene01,02でタカオが乗ってきたと思われる黄色の車両も総武線です)。
新宿駅構内の様子がピンと来ない方は、こちらの見取り図を参照してください。


このシーンを見る限り、タカオの家は中央・総武線沿線ということになり、中野方面から新宿に通っているということになるのですが、後に登場する場面では、池袋方面から新宿駅へ向かうJR埼京線の車内からしか見ることのできないアングルが登場するため、一部で整合性が取れていないと思われる箇所があります。この点についてはScene71で後述します。


01:25 Scene04:JR新宿駅ホーム遠景 
Map03



14番ホーム(山手線内回り)の10号車乗降口付近から。ここからは左上に描かれているルミネの看板と奥の建物(新宿ミロード)は見えません。
Map04

もっと東寄りの2番線の埼京線ホームまで来て、ようやくルミネの看板と新宿ミロードを見ることが出来ました。

Scene04は、14番ホーム(山手線内回り)の10号車乗降口付近から15番線ホーム(山手線外回り)を見た風景(Map03)と思われますが、左奥上方に見えるルミネの看板と新宿ミロードのビルはこの場所からは絶対に見えません。もっと東寄りの2番線の埼京線ホーム(Map04)辺りからの眺望との合成ではないかと思われます。もっともこのカットは明らかに線路からのアングルなので、どのみち再現するのは無理です。それにしても、わざわざ別の場所から見た2つの風景を合成させている意図は何なのでしょう。


01:30 Scene05:JR新宿駅東口メガネスーパー) 
Map05




Scene01のロケハンの撮影ポイントではないかと思われるメガネスーパー(劇中ではメガネショップ)の看板が見えます。ここは新宿駅東口。タカオは地下の改札から上がってきたと思われます。この場所から彼がどのようなルートを辿って新宿御苑の東屋へと通っていたのかについては、劇中の他のカットと組み合わせることである程度まで推察可能です(ユキノの通ったルートも同様)。これについては当記事の第四章の最後で説明いたします。
なお、このアングルを28mm程度の広角レンズで撮るとアオリ気味になってしまって、左右の建物が中央に向かって傾いたように写ってしまいます。劇中では真っすぐ直立した状態で描かれています。


01:37 Scene06:マルイ前からルミネ方面 
Map06


実はこの画像の少し後の場面では左端にタカオの歩く姿が描かれています。彼が国道20号線の南側の歩道を歩いていることを覚えておいて下さい。このことはタカオの辿ったルートを特定する上で意味を持ってきます。

私が撮影したこの位置はロケハンの撮影位置とほんの数十cmも違わないはずだと自負していますが、よく見ると高さが違っていました。

標識に被さる電線の位置を比較してみて下さい。映画のキャプチャの方が若干高い位置から撮っていることが分かります。私は身長165cmと小柄な方なので、恐らくロケハンで撮影されたのは私より10cm程度身長の高い人だったか、或いはカメラを少し高い位置で構えて撮影されたものではないでしょうか。


01:50 Scene07:横断歩道からドコモタワーを臨む 
Map07



01:53 Scene08:新宿御苑(新宿門)
Map08



01:59 Scene09:自動発券機 
Map09



これはもう、どちらが写真が区別がつきませんね。下の方が私の撮影した写真です。


02:00 Scene10:自動改札口 
Map10



カットに描かれている「アルコールの持ち込み禁止」の看板は新宿門近辺にはなかったので、千駄ヶ谷門にあった同型の看板を撮影しておきました。新宿御苑には「金麦」も「MOLT'S」も持ち込んではいけません。


【2013/10/6追記】
02:05 Scene10.5:木製の回遊路 
Map10.5



当初は99枚のキャプには含めていなかったカットですが、2013/9/29(日)の追加取材の際に新たに現地で発見した結果、新宿御苑内を歩くタカオルートの見直しを迫られることになったため、急遽、Scene10と11の間にねじこむことにしました。中途半端な番号ですがご了承下さい。


この場所は新宿門を入ってすぐに右手に曲がり、道なりに進んで「母と子の森」で二股に分岐する辺りです。劇中ではこの直後、Scene11の太鼓橋を渡るカットに繋がるため、あたかも太鼓橋の足下を写したように見えますが、橋の方はコンクリートで出来ているのでこれは全く別の場所です。

真上から見るとこのような具合です。


02:18 Scene11:「上の池」の太鼓橋遠景 
Map11



奥に見えるNTTドコモタワーは、実際の位置から左側へずらされて(ほぼ画面中央から左寄りに)描かれています。画面のバランスを考慮して改変されたのでしょうか。


02:25 Scene12:タカオの渡る橋 
Map12



この橋はScene11の太鼓橋の右側にあります。従って実際の位置関係は順序が逆です。


02:30 Scene13:東屋遠景
Map13



写真の左側に写っているのは旧御涼亭です。この建物については、Scene47であらためて触れます。カットの方には旧御涼亭は描かれていません。


02:42 Scene14:東屋周辺
Map14



タカオとユキノとの初めての出逢いの場面。


03:03 Scene15:岩場(東屋周辺?)
(不明)


場所不明につきキャプチャしたカットのみ掲載します(継続調査案件)。


04:00 Scene16:東屋
Map15



この東屋を人がいない状態で撮影するのは結構困難です。


04:30 Scene17:東屋
Map15


「鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」 
(『言の葉の庭』)


04:53 Scene18:東屋周辺
Map14



07:24 Scene19:NTTドコモタワー遠景(?)
Map16



このカットは、本編内で何度か登場し、エンドロールでも背景になっているこちらのカット(↓)

と同じ場所で撮られた映像(赤線の囲いの部分がアップになっている)なのですが、実は新宿御苑からの眺望ではありません。NTTドコモタワーと繭型が特徴的なモード学園のコクーンタワーとがこのように重なり合うアングルは、新宿御苑の中からでは絶対に見ることが出来ないからです。この写真は一番近いと思われるアングルを探し出して撮影したものですが、近隣の建物を見れば分かる通り、実際にはこの場所ではありません。詳細については当記事の第四章 Scene98であらためて解説します。


07:52 Scene20:「777」の前
Map17



ここは旧新宿国際劇場の前です。壁面の空調の排気口や窓ガラスに見える「温野菜」の文字などからこの場所で間違いないことが分かりますが、目印となる「777」のネオン看板状のものが見当たりません。

少し引いて撮影してみました。

そこから少し左側の方に目を遣ると…

「777」ならぬ「747」の看板が目に飛び込んできました。どうやらこの看板をモデルに描かれたようです*1。では、今はこのように鉄骨が剥き出しになっている「777」の描かれている位置には元は何があったのでしょうか?


調べてみると新宿国際劇場という映画館は、2012年9月9日をもって閉館しています。最後の方はポルノ映画専門の上映館だったようです。本稿執筆時点でGoogle SVで見ることの出来る映像には、この位置に映画の看板が立て並びに掛けられていることが確認できますが(↓)、

(上)Google SVの画像の一部


一方でこちらのサイトの記事を拝見すると「油そば屋」の看板になっています。時期的にはこちらのサイトの記事の方が最近のものでしょう。劇場が閉館になる間際には、既に映画の看板は掛けられていなかったようです。


ここからしばらくは東屋のカットが続きます。
08:08 Scene21:東屋
Map15



写真の下に写っているのは灰皿です。


08:48 Scene22:東屋
Map15



09:24 Scene23:東屋
Map15



09:38 Scene24:東屋
Map15



09:44 Scene25:東屋周辺
Map14



09:50 Scene26:東屋
Map15



10:01 Scene27:池のほとり
Map18



池の向こうの森が水面に映り込んでいます。カットに描かれている影の方が、私が撮影したものよりもずっと面積が広く手前まで伸びています。ということは恐らく遠距離からズームで引いて撮影されたのでしょう。私は近距離から撮影したので、その差が歴然と表れています。これは次に訪問した際に完全に合わせてみたいですね。

「じゃあ、また会うかもね。もしかしたら、雨が降ったら・・・」 
(『言の葉の庭』)


→次章、「六月其のニ(2/4)」に続きます。

当記事に掲載した『言の葉の庭』の画像および台詞は、著作権法32条に定める研究その他の目的として行われる引用であり、著作権は全て、新海クリエイティブ/コミックス・ウェーブ・フィルムに帰属します。

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(2013/9/23 記)

*1:なお「747」とは、東京都内に店舗を持つカラオケチェーン店であるとのことです。http://www.jak747.co.jp/