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【舞台探訪】『聲の形』(原作):第5巻

【注意!】当記事では原作の内容の詳細について触れることになります。原作未読の方でネタばれを避けたい方はここから先へは進まないでください。

大今良時さんの漫画『聲の形』の舞台探訪の記事、今回は第5巻の紹介です。 

聲の形(5) (講談社コミックス)

聲の形(5) (講談社コミックス)

 

→前回までの記事はこちらです。
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第1巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第2巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第3巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第4巻
→本稿以降の記事はこちらです。
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第6巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第7巻

■第5巻について
永束の発案で始まった夏休みの映画作りを通じて、周囲の仲間たちとの関係が次第に良好になっていくように感じていた将也。紆余曲折はあったものの仲間の想いがひとつになっていく。「ずっとこの輪の中にいたい」。将也はようやくそんな幸福な気分を味わえるようになっていました。しかし、ふとしたはずみに彼の心に芽生えた疑心暗鬼は抑えようのないほどに膨れ上がり、ついに暴発して仲間を傷つけてしまうことに・・・。そしてそのことは硝子をも追い詰め、やがてひとつの事件へと彼らを導いていくことになります。


■舞台探訪 『聲の形』(原作):第5巻
※各シーンの場所情報はGoogle Mapにまとめてあります。各々の場所を確認されたい方は、当記事末尾に掲載しているMAPを拡大してご覧下さい。

表紙絵
揖斐川河畔(仮) MAP 52f:id:los_endos:20160820200428p:plain
いきなり難題です。大垣市では毎年7月下旬の土曜日に揖斐川河畔で「大垣花火大会」が開催されます。ちょうど節目となる第60回記念大会にあたる今年2016年の開催日は7月30日(土)。うまくタイミングが合ったので、この花火大会を取材することができました。そこで表紙絵、および作中に描かれている風景の痕跡はないかと周辺を探索したのですが・・・残念ながら特定に至るだけの証拠を発見することはできませんでした。むしろこれは本当に揖斐川なのだろうか?と疑いばかり湧き起こってくる始末です。
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(左)【第60回記念】大垣花火大会のポスター。
(右)JR大垣駅の西美濃観光案内所でいただいた会場MAP。


そもそも河川敷で花火の観覧スペースとして用意されている場所の周辺に、この絵のような屋台が立ち並んでいる場所はありません。屋台があるのは観覧スペースから少し北側、上図(右)でいうと打上場の真西あたり、ちょうど点線の丸印の辺りです。ここは揖斐川西岸の道路を歩行者天国として開放している路上ですが、この場所から河川敷に降りることはできませんし、土手に座って花火を見るということもできません(打上場が間近で立入禁止の危険区域だからです。)*1f:id:los_endos:20160820204451j:plain
(上)揖斐川河川敷の観覧スペース。土手の上の道路上に屋台は一軒もない。
(下)観覧スペースの100mほど北、打上場の真西あたりの路上に立ち並ぶ屋台(北→南向きの写真)。

 

映画の予告編で登場するこのカットも同じ場所です(この場面は原作にかなり忠実に描かれています)。これも背後に屋台が見えますが、上述の通り、実際には屋台の立ち並ぶ場所の前(=河川敷側)の土手に座って花火見物することはできません。
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(上)映画『聲の形』本予告編より。

なお、ここまでの情報は、あくまで今年の花火大会の現場状況に基づくものなので、もしかすると昨年より以前(原作執筆当時)は、実際に表紙絵や本予告編のような風景を見ることができたのかもしれません。あるいは他の花火大会の場所を参考にしているという可能性もあります*2

従って、花火大会の描写については「モデルとなっているのは大垣花火大会」であるが、「原作・アニメ制作時に背景として参考にした場所は揖斐川河畔かどうかは不明」ということになるかと思います。花火大会関連の写真はあくまでイメージ映像ということでご勘弁ください。

ちなみに映画の予告編で登場した原作にはないこのシーン。一見するとどこの橋なのか判別困難ですが、花火大会が揖斐川であることを考慮に入れれば、揖斐大橋と考えて間違いないと思います。
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(上)映画『聲の形』本予告編より。日の当たる方向から南側の橋梁と思われる。
(下)揖斐大橋南橋梁を河川敷より見上げる。アニメの映像はかなり歪曲していることがわかる。

当記事は原作読了後かアニメ版の鑑賞後、また原作未読でもその覚悟のある方だけが読んでいらっしゃると思いますので、あえてネタばれを書きますが、これは実際に起こった出来事ではなく将也の脳裏に浮かんでいたであろう想像の光景です。この世を去るに当たって彼が選ぼうとした手段は投身自殺でした(またしても垂直方向への「下降や落下」のモーション!)。第2巻のP.27には「今日はうんと高い橋から死ぬはずだったのに」という将也の独白がありますので、彼が思い浮かべていたであろう想像上の映像を描写したわけですね。
花火大会の場面については本稿の後半で再度取り上げます。


P.44 3コマ目
興文小学校正門 MAP 53
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正門奥の建物が取材写真と違うことは一目瞭然です。同じ写真をもう少し引きのアングルでP.62の5コマ目と比較してみましょう。

P.62 5コマ目
興文小学校正門 MAP 53f:id:los_endos:20160821122834j:plain
こちらの写真で見ると正門の柱や門扉、飛び出し看板等、モデルとなった場所がここであることを確認できるパーツが幾つもあります。どうやら正門のすぐ奥にある建物が、本来その向こうに見えていたはずの校舎を隠してしまっているようです。

この建物は平成26年(2014年)3月10日に新設された新体育館です(こちらの記事を参照)。 原作の第34話・35話が掲載されたのは2014年第20号と21号で、ともに4月中旬の発売。しかしこの学校はすでに第1巻の主要な舞台として登場済みですので、原作者の大今さんが執筆当時に使用したであろう背景資料は新体育館が出来る前の写真だったのだと思います(この新体育館の落成によって風景が変わってしまったこともご存知なかったかもしれません)。まさに連載の途中で背景が大きく変化した一例でしょう。作中に描かれた新体育館落成前のオリジナルの風景を見ることはできなくなってしまいました。映画版でこの場所がどう描かれるのかは非常に興味があります。
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(上)別の角度から見た校舎(左側)と新体育館(右側)。現在、東側の正門付近からは新体育館に隠れて校舎の姿を見ることは出来なくなっている。


■硝子と将也の手話
P.57~63までの将也と硝子の一連の手話を解説します。まずP.57の4コマ目。硝子の手話。
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「(右手の人差し指を下へ向ける)ここ、(両の手の親指を除く4本の指の背を胸の前に寄せて、そこから外へ両腕を開くようなしぐさ)久しぶり」
続いて5コマ目。これは非常に小さなコマなので拡大します。
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「(右手の人差し指を上へ向けて自分の方へ寄せる)来る、(右手の親指と人差し指をVの字にして自分のあごを挟むように指先を閉じながら下へ降ろす)好き=~したい、(右手の人差し指で自分のこめかみの辺りを差す)思う」
→(意訳)「ここに久しぶりに来てみたいと思った」


P.58の5コマ目。将也の手話。
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「(右手を拳状に軽く握り、顔の前で肘を曲げて軽く振り下げる)許可、(左のてのひらに右手の人差し指を置いて前に差し出す)申し込む、(右手の4本の指と親指を軽く開いて、喉元の辺りから前に伸ばしながら指を閉じる)帰る」(※この絵には許可をとれ「なかった」の否定形を表わす手話(「ダメ」や「できない」)が描かれていません。「帰る」という手話を複合することで「許可がとれなかった」というニュアンスになるのでしょうか。この辺りは手話に不案内な私にはちょっと分かりかねます。どなたかご教示いただければ幸いです)
→(意訳)「許可をとれなかった。帰ろう」

P.61の5コマ目。将也の手話。
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「(4本の指の背をあごの下に当てて、あごから手を払うように前向きにパッと降ろす)嫌い、(左手を握って親指を立て、それを右手で殴る)やっつける*3
→(意訳)「嫌なやつがいたら、やっつけてくれるって」


P.62の1コマ目。硝子の手話。
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「(右手を顔の前に持ってきて鼻の前あたりで親指を除く4本の指を横向きに払う)平気」
→(意訳)「平気」

P.63の2-3コマ目。硝子の手話。
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「(右手の人差し指を立てて下向きに振った後に親指を立てる)先生」*4、(両手を開いて手の甲を相手に見せるようにして並べ、本を開くようなしぐさで2,3回前後に動かす)学校、(親指と人差し指でつまむようなしぐさ)小さい、(人差し指をこめかみの辺りに当てる)思う」
→(意訳)「竹内先生も学校も小さく見えた」

P.64 4コマ目
興文小学校正門 MAP 53f:id:los_endos:20160821162609j:plain
先ほどの正門前のカットからちょうど真後ろを振り返ったアングルです。将也たちは北方向(駅方面)へ歩いていこうとしています。

■宿業の地/語られない物語
かつて将也が通った水門小学校。彼にとっては思い出したくもない後悔と罪悪感にまみれた場所、罪と罰を背負い込んだ宿業の地。そこへ向かうことは塞がりかけた傷口をこじあけるような辛い行為であった違いありません。そこで図らずも元担任の竹内と再会するのですが、この事なかれ主義の人物もまた彼自身の言うかつての「見て見ぬふりをした加害者」のひとりに相違ありません。しかし竹内自身はそのようには微塵も感じておらず、他人事のようにかつての記憶を懐かしがる始末です。

ある意味、この人物がもしあの日あの時、硝子の「聲」に耳を傾けて適切な処置をしていれば、硝子に絶望感を抱かせることも、転校せざるをえない事態にまで追い詰めることもなかったでしょうし、あるいは将也へと転化することになったその後のクラスメイトのいじめも阻止できていたことでしょう。この作品では「いじめた者」と「いじめられた者」が一方的ではなく等価な存在として描かれます。「いじめる者」と「いじめられる者」はまさに差異なき分身としていつでも相互に入れ替わる存在であり、責められるのは個々人ではなく、むしろ学校という制度的な場そのものにあるといった認識の下に描かれているようです*5

そのため、本作では学校=教師は概して好意的には描かれていません。むしろ何のアテにもならないことを問わず語りのうちに伝えてきます。しかし注意して見ると、第5巻P.57の6コマ目で竹内は遠目に硝子の手話を読み取っているカットがあります。f:id:los_endos:20160821180048p:plain
竹内が元々手話が出来たのか、硝子が学校を去った後に勉強して覚えたのかは不明ですが、これは非常に興味深い描写です。ここにも語られない物語が潜んでいるようです。


P.70-72 7コマ目
西公園 MAP 54
映画撮影で使われた公園です。f:id:los_endos:20160821210516j:plainf:id:los_endos:20160821210503j:plainf:id:los_endos:20160821210526j:plain
P.89のベンチもここで紹介しておきます。f:id:los_endos:20160821211647j:plain

■硝子の手話
P.75の3コマ目。これはちょっとわかりにくいのですが、この後の将也の台詞を考えあわせると、P.61の5コマ目と基本的に同じ手話なのではないかと思います。
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「(4本の指の背をあごの下に当てて、あごから手を払うように前向きにパッと降ろす)嫌い、(親指を立てて突き出す)ダメ*6
→(意訳)「嫌いにならないで」

P.88の1コマ目
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「(手を向ける)あなた、(左手の上に右手を重ねる)おかげ、(両手の指を開いて胸の前で交互にシャカシャカと縦に振る)うれしい」
→(意訳)「あなたのおかげでとても楽しい」

P.88の2コマ目
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「(右手を手刀の形にして小指側で左手の甲を軽く叩いて上にあげる)ありがとう」
→(意訳)「ありがとう」

P.121 2コマ目
チーズケーキプリンセス MAP 18
美登鯉橋近くのチーズケーキのお店の前です(第3巻の記事参照)。原作の絵は左右をかなり詰めて描いているので、写真は横幅多目で掲載しました。中央に見えている煉瓦状の模様は、店内奥の壁をガラス越しに見たものです。
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■硝子の手話
将也の沈んだ表情と周囲の剣呑な空気、やがて感情を昂ぶらせ声を荒げる仲間の姿に今何が起こっているのかを汲み取ることができない硝子は、結絃に佐原に「何?何が起こっているの?」と懸命に問い掛けます。しかし答えはなく・・・。

P.124の2コマ目
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「(人差し指を立てて振る)何?」
→(意訳)「何?」


P.129の4コマ目
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「(人差し指を立てて振る)何?、(右手の指を軽く折り曲げて左胸にあててから右胸にあてる)大丈夫?」
→(意訳)「何?どうしたの?大丈夫?」

■将也の手話
自身の疑心暗鬼がもたらした周囲との摩擦、その果てに暴発する仲間達の感情、そして自暴自棄・・・。この時、将也の抱いた想いは仲間を、そして何よりようやく仲間と打ち解けあえたと思っていた自分自身を、根本から拒絶するものでした。将也に残ったものは硝子の存在だけ。硝子にだけは何事もなかったかのように笑顔で振る舞う将也。そんな彼の痛ましい姿が、逆に硝子を追い詰めていくことになるとも知らずに・・・。

P.138の1-2コマ目
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「(両の手のひらを下向きに開いて左右から中央に寄せる)休暇=夏休み、(両手の人差し指を頭の脇に立てて振る)遊ぶ」
→(意訳)「夏休みだし、遊びに行こう」

P.139 1コマ目
養老鉄道大垣駅前 MAP 55
中央に見えるのが養老鉄道の大垣駅。将也と硝子はこの駅前で待ち合わせをしました。
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■硝子の手話
P.140の4コマ目
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「(右手の指を折り曲げてあごの下に置く)お待たせしました」(※手話の解説書では曲げるのは親指以外の4本の指となっているのですが、このカットの硝子は親指も折り曲げているように見えます)
→(意訳)「お待たせ」


P.140 5コマ目
養老鉄道 大垣駅前 MAP 56
養老鉄道大垣駅の改札口。
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P.143 2コマ目
養老鉄道 養老駅ホーム MAP 57
天井から瓢箪(ひょうたん)の垂れ下がる印象的なこの場所は、養老鉄道養老駅のホームです。滝の水がお酒になったという「養老の滝」の親孝行の伝説にちなんでのディスプレイです。
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このカットは奥のベンチが将也の間近に描かれているので、一見すると同じホームのように見えますが違います。将也がいるのは大垣方面行きのホーム、ベンチがあるのは線路をはさんだ向こう側の桑名方面行きのホームです(瓢箪がぶら下がっているのは大垣方面行きだけです)。遠距離からズームで引っ張ればこれに近い絵が撮れるのかもしれませんが、私の手持ちのコンデジでは以下の写真が限界でした。
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奥のホーム(桑名方面行き)をアップで見ると、将也の背後の風景を確認することができます。
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P.144 1コマ目
養老鉄道 養老駅ホーム MAP 57f:id:los_endos:20160823220201j:plain
■硝子の手話
「(瓢箪を指差す)これ、(身体の真ん中で両手を開いて両方の親指から順番に折る)いっぱい」
→(意訳)「見て、ひょうたんがいっぱい!」

心ここにあらずといった表情の硝子は、将也が直前まで瓢箪を指差している姿にもまったく気づいていません。それどころか将也と同じように瓢箪を見つけて同じような言葉で将也に話しかけようとします。二人はこんなにも似ているのにこんなにも遠い。押し潰されそうな想いを隠して、無理にはしゃいで硝子を楽しませようとする将也。そんな将也の姿へ向ける儚く寂しげな硝子の笑顔。お互いの優しさがぎくしゃくとすれ違っていく・・・。

P.144 3コマ目

養老鉄道 養老駅ホーム MAP 57f:id:los_endos:20160823220456p:plain
コミックスでは小さく描かれたコマですが、比較のために拡大します。f:id:los_endos:20160823220634p:plain
二人の向こうに見える看板は「大垣・揖斐方面」で、四角いマークは1番線ホームを表わすマークです。ここで養老駅の風景を幾つか紹介しておきましょう。

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風情のある駅舎。f:id:los_endos:20160904150136p:plain
駅名も瓢箪でできています。

P.144 4コマ目
養老公園に向かう道 MAP 58
養老駅から西へ養老公園へ向かう道すがら。ゆるやかな坂道。蝉しぐれ。f:id:los_endos:20160824204705j:plain


P.144 5コマ目
養老公園フードコート MAP 59

養老公園内のフードコート。みたらし団子とやきそばの幟(のぼり)はそのままでした。f:id:los_endos:20160824204716j:plain

P.145 1コマ目
養老公園フードコート MAP 59
フードコート内のショップ。
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硝子の背後に「季節料理」とあることから、以下の場所だとわかります。将也の後ろは写真右側の「おみやげ」ショップの壁面です*7
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では二人が立ち寄ったのは何のショップだったのかというと、このアングルの180度真後ろにあるのは・・・。
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「カレーショップ」でした。原作では店内のレジカウンターの中から見たアングルとなっていますので、実際に中から撮影した写真を元に描いているのでしょう。あいにくこの日は閉店していました。休業日なのか、すでに店を畳んでしまったのかまではわかりません・・・。


P.145 5コマ目
養老公園フードコート MAP 59f:id:los_endos:20160824235500j:plain

 
■硝子の手話
P.146の4コマ目f:id:los_endos:20160825211648j:plain
「(手の指を揃えて頬を軽く二回叩く)おいしい」
→(意訳)「うん、おいしいね」


P.146 5コマ目
養老公園フードコート MAP 59
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P.146 1コマ目
養老公園 案内図 MAP 60
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二つの地図をほぼ同じ縮尺で並べて比較してみましょう。養老パークゴルフ場が縦に短く描かれて、養老の滝の位置がかなり手前に描かれています。f:id:los_endos:20160825222126j:plain作中ではほんの少し先に滝があるかのような会話をしていますが、実は結構な距離があり、この位置からであれば登りの坂道になるため、徒歩で約20分はかかります。原作の絵は彼らの会話と矛盾が起こらないように養老の滝の位置を公園の近くに移動させている訳ですね。

 

 P.146 4コマ目
養老の滝 MAP 61
f:id:los_endos:20160825225800p:plainf:id:los_endos:20160825225830p:plainf:id:los_endos:20160825225904p:plainf:id:los_endos:20160825225927p:plain
滝、ここでも「下降/落下」のモーション。その「水」に自ら手を差し伸べる将也と硝子。

 P.149 1コマ目
養老天命反転地(楕円形のフィールド) MAP 62
 これもコミックスでは小さ目のカットなのですが、比較検証のため拡大します。f:id:los_endos:20160825233701j:plain
ここは養老公園内にある養老天命反転地。「楕円形のフィールド」と呼ばれるすり鉢状の空間を覗き込む縁(ふち)の部分にあたります。
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養老天命反転地は、現代芸術家の荒川修作マドリン・ギンズによる屋外型アート・プロジェクトで、これらの建築物は彼らの構想に基づいて創られた芸術作品であり、広大な回遊型のテーマパークです。

f:id:los_endos:20160904164056p:plainf:id:los_endos:20160904164213p:plainf:id:los_endos:20160904163800p:plain
彼らがこの作品群で目指した主要コンセプトは「身体に作用する環境=建築」であり、「身体感覚の変革により意識の変革」をもたらすことで「死を前提とした消極的な生き方を改め、古い常識を覆す」ことにあります*8。それゆえ、養老天命反転地には身体の平衡感覚や遠近感を著しく狂わせ、我々の知覚を激しく撹乱させるための様々な仕掛けが施されています。ここには垂直水平に立つ建築物はひとつもなく、さながら大震災の後の被災地の風景に迷い込むような異様な感覚に襲われて、人によっては眩暈や軽い吐き気を催すこともあります。歩くという基本動作でさえぎこちなくなり、自分自身の身体感覚がいつもより鋭敏になっていることに気づかされます。f:id:los_endos:20160904163913p:plain
まるで生まれたての赤ん坊が初めて広大な世界を前にした時のような知覚の再構築が行われるその時、養老天命反転地は人間に定められた天命を反転させるための、与えられた運命から自由になるための訓練を行う装置として機能するわけです。荒川+ギンズの狙いはまさにその一点にあります。

P.149 2コマ目
養老天命反転地(極限で似るものの家) MAP 63f:id:los_endos:20160826000016p:plain
正面から見た全景。この異様な形状の「家」は、養老天命反転地にある「極限で似るものの家」です。

P.149 3コマ目
養老天命反転地(極限で似るものの家) MAP 63f:id:los_endos:20160904171906p:plain
「極限で似るものの家」のなかには、コンロやシステムキッチン、ソファ、椅子、机など日常空間でいつも目にしている様々なアイテムが廃墟と化したような隘路に設置されており、時にそれらが壁面で分断されるなど、強烈な異化効果を発揮して迷路を彷徨う我々を幻惑させます。
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P.149-150 
養老天命反転地(極限で似るものの家) MAP 63
100%ここだと断定できる場所は発見できなかったので、現場の雰囲気が伝わる比較的よく似た写真を以下に掲載します。f:id:los_endos:20160904174309p:plainf:id:los_endos:20160904174559p:plainf:id:los_endos:20160904174734p:plain
将也と硝子が迷い込み、はぐれ、気がつくと離れ離れになってしまった場所が「極限で似るものの家」だったというのは極めて示唆的です。第1巻の記事内で、この二人はまったく違う人間同士でありながら最初から非常によく似た存在として描かれていると指摘しましたが、その”極限で似るもの"同士が、手話が使えない迷路の中で互いの姿を見失ってしまったことは大いなる皮肉です。それはこの時点の彼らの心の距離感そのものを表わしているかのようです。その時、「極限で似るものの家」はその名に反して二人の決定的な断絶の空間と化しています。こんなに似ているのにこんなにも遠い二人・・・。
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(上)「極限で似るものの家」。天井は岐阜県の形。


P.149 4コマ目
養老天命反転地 MAP 63
「極限で似るものの家」から「楕円形のフィールド」までは傾斜のある丘です。硝子はうっかり「極限で似るものの家」を出てしまって、この丘陵部に来ていたようです。「極限で似るものの家」を先に出てしまったのが硝子で、その中で依然として迷い、彷徨っていたのが将也だったというのも、後の展開を考えると興味深い描写です。f:id:los_endos:20160904180152p:plain
丘から滑り落ちる硝子に手を差し伸べる将也。しかし硝子は手近にあった岩を掴み、将也は空振りして自分だけ坂を転がり落ちていきます。これはこの後に訪れる事件の先駆けとなる予兆的な描写です。ここで将也は硝子を掴みそこねます。それが将也と硝子のこの時点での天命であったとしたら、後に起こるこの日の再演に際して、果たして天命を反転させることはできるのか・・・。

■硝子の手話
P.154の1-3コマ目
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「(自分を指差す)私、(両人差し指を近づける)一緒、(開いた手のひらの親指と人差し指を軽く顎に触れて、前にパッと差し出す)不幸」
→(意訳)「わたしと一緒にいたら不幸になる」



P.159 4コマ目
大垣市総合福祉会館 MAP 01f:id:los_endos:20160904185349p:plain


P.161 7コマ目
美登鯉橋 MAP 03
久しぶりに出てきた南向きのアングル。第2巻の記事でご紹介したスカイDJ様の写真をここでも使わせていただきます。f:id:los_endos:20160904190812j:plain


P.163 2-3コマ目
大垣コロナシネマワールド MAP 64
この後に紹介するフードコートのあるイオンタウン大垣内に併設されているシネコンです。当然、場内の撮影はできませんので写真はありません。

P.163-165
イオンタウン大垣 フードコート MAP 65
イオンタウン大垣のフードコートです。イオンモールは全国どの店舗も店内の撮影は禁止となっており、ここも写真はありませんが、以下のカットは現地に実在します。f:id:los_endos:20160904191708p:plain
以下の2枚のカットはMAP No.65のマーカーの通り、東館(EAST)1F北のフードコートです。将也と硝子、結絃の座る丸い形状の席は、カット左に描かれている柱をぐるりと囲むカウンターです。
f:id:los_endos:20160904191914p:plain
また下のカットで、硝子の背後に見えているのはマクドナルドの店舗です(彼らが今飲み食いしているものもここで買ったものです)。将也の頭上右に見える「O」のような看板の文字は、「McDonald's」の「o」の字、その右側で切れている文字は「n」の下半分です。
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P.165 2コマ目
イオンタウン大垣 MAP 65
大垣コロナシネマワールドからの風景です。f:id:los_endos:20160904212246p:plain


P.175 3コマ目
揖斐川河畔(仮) MAP 52
当記事の冒頭に戻ってきました。大垣花火大会です。先にも書いた通り、屋台と花火観覧席は実際には離れているため、この絵のような構図を見ることはできません。以下の写真は実際に今年の大垣花火大会で撮った写真ですが、アングル合わせは不可能なのでイメージ写真としてご覧ください。
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■硝子の手話
P.176の2コマ目
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「(両手の指を開いて胸の前でわしゃわしゃと互い違いに交差させる)楽しかった」(※第4巻P.70と同じです)
→(意訳)「楽しかった!」

P.178の4コマ目
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※第5巻P.62の1コマ目と同じ。
→(意訳)「平気」

P.178の6コマ目
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※第5巻P.88の2コマ目と同じ。
→(意訳)「ありがとう」

いつもは将也の「またな」に、「またね」と指二本の手話で返す硝子(ex.第2巻P.37、第3巻P.174など)が、ここでは「ありがとう」と言っています。いつもと明らかに違う反応。しかし将也はまだこの時、硝子の異変に気づいていません。f:id:los_endos:20160904225623p:plain

P.182 5コマ目
ABC予備校前 MAP 66f:id:los_endos:20160904220712p:plain
花火大会の会場である揖斐川から大垣駅までは徒歩55分かかるくらいの距離です(当日、自分の足で測りました)。一方で花火大会の開催時間は19:30~20:30までの1時間と短く、これでは会場から西宮家のあるマンションへたどり着く前に花火大会が終わってしまいます。このカットは会場から硝子のマンションまでの道すがらの風景(おそらく既にマンションに近い)ですが、実際に歩いてわかったのは、ちょっとカメラを取りに行って戻って来られるような距離ではないということでした。養老の滝がそうであったように、ここでも劇中の距離は現実よりも大幅に短縮されていると考えて良さそうです。f:id:los_endos:20160904225823p:plainf:id:los_endos:20160904225915p:plain
(上)大垣花火大会のクライマックスを飾るのは岐阜県で最大級という二尺玉の打ち上げ花火です。初めて見たそれは天から星が降ってくるような壮麗なものでした。

 

■花火/玩具の車/補聴器/落下
天空で花ひらいて落下する花火に硝子は何を思ったのでしょう。彼女が踏み台に使ったのは、子供の頃からいつも傍らにあった玩具の車でした。
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(左)幼少の頃の硝子の傍らにある玩具の車。(第4巻P.166)
(右)それは運命の瞬間の踏み台となった。(第5巻P.184)


また以下のカットで硝子は補聴器をテーブルに置いていることがわかります。水をかぶると壊れてしまうことを散々体験した彼女は、せめて最期の瞬間には壊れないようにと律儀に外したのでしょう。そして直前まで読んでいた筆談ノート。
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ベランダから硝子が落下する寸前、懸命に手を差し伸べた将也は自らの天命を反転させたかのごとく、今度は硝子の手をしっかりと掴まえることができました。しかし、それはまだ彼らの運命を変えるには充分とはいえないものでした。硝子の生命を救うために、将也は大きな代償を支払うことになります・・・。

 


第6巻の記事へ続きます。 

当記事に掲載した『聲の形』、および映画『聲の形』の画像および台詞は、著作権法第32条に定める研究その他の目的として行われる引用であり、著作権は全て、大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会に帰属します。

 

(2016/9/4 記)

*1:ちなみに花火大会中、17:00~19:30まで車両通行禁止となるのは、岐大バイパスの新揖斐川橋、南側の揖斐大橋、それと両方の橋に挟まれた川の東西岸の道路です。これらは歩行者天国として開放されますが、打上場近辺の東西岸の土手から川までのエリアは、当日の朝9:00から翌朝7:00まで関係者以外の立入は禁止されます。

*2:大垣花火大会と同じ日に長良川花火大会が開催されていますが、長良川の花火大会は未見なので比較検証できません。なおこの日、大垣花火大会の開催された揖斐川から長良川花火大会の打ち上げ花火を遠くに眺めることができました。

*3:親指なのでやっつける対象は男性を表わします。女性の場合は小指を立てます。

*4:このカットは両方とも右手が描かれていますので、人差し指を下向きに振るしぐさ→親指を立てるしぐさが連続で行われたと見るべきです。なお元担任の竹内は男性教師なので親指を立てています。女性教師なら小指を立てます。

*5:将也の硝子に対するいじめも、元々は「退屈」に負けたくないという一心から出たものであり、悪意がこもっていたわけではないこと(自分の行為の結果に対して無自覚すぎただけです)。その将也でさえ喜多先生が提案した手話の勉強を「なんかおもしろそう(第1巻P.86)」と思った瞬間があったことを思い起こしておくべきです。

*6:サムズアップは英語圏や日本ではGoodの意味ですが、手話の世界では逆にNGを意味します。

*7:この時、将也が右手の親指と人差し指で丸を作って前に差し伸ばしているのは、「お金を払う」という手話です

*8:「」内の言葉は入場時にもらえるパンフレットから引用させていただきました。