【舞台探訪】『聲の形』(原作):第1巻

【注意!】当記事では原作の内容の詳細について触れることになります。原作未読の方でネタばれを避けたい方はここから先へは進まないでください。

本稿は大今良時*1さんの漫画『聲の形』の舞台探訪の記事です。

聲の形(1) (講談社コミックス)

聲の形(1) (講談社コミックス)

 

→本稿以降の記事はこちらです。
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第2巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第3巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第4巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第5巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第6巻
・【舞台探訪】『聲の形』(原作):第7巻
 
本作は2013~2014年まで週刊少年マガジンにて連載されました。コミックスは講談社から全7巻が刊行されています。同作は作者の大今さんがメジャーデビュー前の2008年に週刊少年マガジン編集部に持ち込んだ作品が原型です。その読み切り版の『聲の形』は、第80回週刊少年マガジン新人漫画賞を受賞したものの、当時の編集部の判断で掲載を見送り。その後、デビュー作『マルドゥック・スクランブル』の連載終了後に作者自身の手によってリライトされた『聲の形』が掲載されて大きな反響を巻き起こしたことがきっかけとなり、満を持して週刊連載に至ったという異例の作品です*2


『聲の形』は「聴覚障害」と「いじめ」という重い題材が物語の根底にあります。そのセンシティブな内容ゆえに作品を掲載するに当たって、出版社は慎重に慎重を重ねて各方面との調整を行ったようです*3

そのような経緯のもとに連載された同作でしたが、その反響は大きく、後に宝島社の「このマンガがすごい!2015[オトコ編]」の第1位、「2014年コミックナタリー大賞」の第1位、「第19回手塚治虫文化賞」の新生賞を受賞するという数々の栄誉に浴しました。それはこの作品が人の心の負の面だけではなくその向こう側にある希望と救済を真摯に描いており、その誠実さが読む人の心に強い感銘を与えたからに他なりません。

既報の通り、同作は京都アニメーションの山田尚子監督によって劇場版アニメーション映画として制作されることになりました(2016年9月17日公開)。

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(上)週刊少年マガジン2015年第46号にて発表された速報。


京都アニメーションがテレビアニメやOVAシリーズというステップボードなしでいきなり映画を制作するのは今回が初めてのケースです。『映画 けいおん!』『たまこラブストーリー』で映画監督としての評価を高めた山田尚子監督への全幅の信頼の証でしょう。思春期の少年少女達の心の機微を赤裸々に、時に残酷なまでに描き出す衝撃的な内容は、多幸感に満ちた山田尚子監督の従来の作風を一新するような描写で溢れることは必定であり、全7巻ある『聲の形』を限られた尺の中でどのように描き切るのかも含めて今から期待で胸が躍ります。


罪と罰、悔恨と贖い、赦しと祈り、そして再生。
過去と向き合い、その呪縛から解放されるとき、人は変わることができる。
可能性のある未来と生きる希望を掴むことができる。

それが『聲の形』という作品の主題なのです。

第1巻について(その1)

『聲の形』第1巻では、主人公である石田将也(いしだ・しょうや)の小学生時代の思い出が語られます。悪ガキを絵に描いたような将也。退屈な学校生活に絶えず刺激を求めていた彼の前に現われた転校生、耳の聞こえない聾者の西宮硝子(にしみや・しょうこ)。

初めは硝子とのコミュニケーションの難しさを「仕方の無いこと」だと誰もが割り切っていたクラスの中で、ある日を境として硝子への執拗な「いじめ」が始まります。その中心にいたのが将也。それは「からかい」や「いじり」の度を遥かに越した容赦のないものでした・・・。

 

■舞台探訪 『聲の形』(原作):第1巻*4
※各シーンの場所情報はGoogle Mapにまとめてあります。各々の場所を確認されたい方は、当記事末尾に掲載しているMAPを拡大してご覧下さい。

 

当ブログで舞台探訪の記事を掲載するのは久しぶりのこと*5ですが、今回も以前の記事と同様、舞台となった背景の写真とMAPの掲載に加えて、現地調査の過程で浮かび上がってきた様々な事実関係を通じて作品の本質に迫っていくという「作品解題」に近いアプローチを取ってみようと思います。

取材は2015年11月以降、計10回以上に渡ってメインの舞台である大垣を中心に岐阜、養老、長島を断続的に訪問しました*6。そこでひとつ分かったことは、大今さんの描く背景は実際の風景を写真どおり忠実に描きこむタイプではなく、意図的というよりむしろ恣意的に描きやすいよう舞台の改変や移動を行う傾向が強ということです。実際、同じアングルで写真を撮ることは不可能であったり、各パーツの配置が大きくアレンジされていたり、原作ではすぐ近くにあるかのように描かれている場所が現実にはまったく違う場所であったり・・・といったようなことがこの作品には比較的多いことに気づかされました(その典型例が将也の通う高校です。実は大垣市どころか岐阜県内ですらありません。この点については第7巻の記事で詳述します)。

従って、例えば私が『言の葉の庭』の記事で試みたように、描写された背景と、アングルやポジションを緻密に合わせて撮った写真から見えてくる<両者のズレ>に演出上の意図を見出すというアプローチは、この作品(漫画)に対してはあまり有効ではありません。

それでも現地取材の過程で発見したことは多々ありました。そもそも非連続的な漫画のコマに描かれた背景は、モーションによって空間性を演出するアニメーションとは異なり、本来的に位置関係が掴みづらいものです。今回は現地で得た気づきを元に、登場人物の立ち位置や視線から推察できる作品内の動線を辿って、彼らの動きを現実の空間の中で立体的に捉えなおす試みをしてみたいと考えています。

 

P.7 1コマ目
総合福祉会館 MAP 01
高校生になった硝子が毎週火曜日に通う手話サークルの開催されている建物。ここは実際に大垣市内の福祉活動の拠点となっている場所です(→http://www.city.ogaki.lg.jp/0000009831.html)。

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*1:おおいま・よしとき。女性作家です。

*2:2008年の受賞からリライト版を経て、連載開始が始まる2013年まで丸5年。その間、別の連載作品を持ちながらも、作者の大今さんはずっとこの『聲の形』を温め続けていた訳です。その執念にも似た意志の強さには驚かされます。

*3:『聲の形』以前では2006年に公開されたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画『バベル』で聾者の日本人女子高生役を演じた菊地凛子の描き方とその演技に対して、聾者のコミュニティから「聾者に関する誤ったイメージを流布させる」といった抗議の声が上がったことがあります(http://www.deaf.or.jp/babel/ )。この件に関しては、同作の菊地凛子の演技はむしろ上手いと思って観ていた私にとって、聾者コミュニティから何故これほど激しい反応があるのか理解できず、聾者と聴者との間にある大きな認識の隔たりを感じて酷くショックを受けたことを憶えています(今も分かったとは言えません)。『聲の形』を掲載するに当たって同じような物議を醸し出すであろうことは出版社側でも想定の範囲内であったでしょうし、加えてそこに「いじめ」が重なってくるのですから、掲載の判断を下すまでに相当な議論が繰り返されたであろうことは想像に難くありません。『聲の形』掲載に至るまでの経緯についてはWikipediaにも詳細が記されていますのでぜひご一読ください。

*4:記事の章立ては悩みましたが、あえて第1巻から第7巻まで巻単位で記事をまとめることにしました。原作自体、コミックスにまとめられることを想定してページ配分を決めていたそうなので、この作品は1冊がただのページの寄せ集めではなく確固たる意志の下にまとめられています。従ってこの作品の本質に迫るには、その流れを丹念に追いかける作業が望ましいと思った次第です。

*5:2年3ヶ月ぶりです

*6:正確には2016年8月時点で計12回です。現在の私の居住地は宮崎県なので、距離的な負担もさることながら、時間的な制約がきつくて大変でした。

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